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第3話
今朝のシドとハイファの出勤は普段より大人しい方だった。二人の間には樹脂製の結束バンドで数珠繋ぎになった不法入星者が三人うなだれているだけだ。
「課長、そんな目で見ないで下さい。入管に引き渡すだけなんですから」
「いや、単身者用官舎からこの署まで七、八百メートル、なのに何故そうも毎日ご一行様で出勤できるのか。さすがはイヴェントストライカだと思っただけだ」
ここは太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署の刑事部機動捜査課である。その刑事部屋は昨夜の深夜番との引き継ぎや出勤してくる本日の在署番たちでざわめいていた。
「嫌味は結構です。昨日だってひったくり一件だけだったじゃないですか」
「昼間は銃撃戦だっただろう?」
「出勤時の話をしてるんです」
「一昨日の出勤は宝飾店の強盗が四名、オートドリンカ荒らしが二名の大所帯だったのはわたしの気のせいだろうか? AD世紀から三千年というこの現代に、それも汎銀河一の治安の良さを誇る母なるテラ本星セントラルエリアで連日事件に遭遇とは全く、その異名に恥じぬイヴェントストライカだ。はあ~っ」
ヴィンティス課長はクソ重い溜息をつくと、多機能デスク上の茶色い薬瓶を手にした。常用している赤い増血剤とクサい胃薬をザラザラと掌に盛り、冷めた紙コップの中身で飲み下す。
「そいつを連呼するのは止めて下さい、俺にも朝の爽やかな気分を味わう権利ぐらいはあるでしょう!」
己の与り知らぬ特異体質に言及されてシドは唸ったが、ヴィンティス課長は既にくるりと背を向けて、窓外の超高層ビルに切り取られた蒼穹を仰ぎ始めていた。
横で相棒のハイファが口ずさむ。
「自分のことなんだから覚えてなくちゃ。『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』ってね」
「テメェ、ハイファ、半分受け持っておいて、お前までそれかよ?」
睨まれて諸手を挙げたハイファは、憤然として不法入星者らを地階の留置場に連れて行くシドこと若宮志度の背を見送った。
不法入星は入星管理局に引き渡すだけで取り調べもない。つまりは本当に何もない爽やかな朝なのである、シドとハイファにとっては。
戻ってくる頃合いを見計らって、デカ部屋名物の泥水コーヒーをふたつの紙コップに注ぎ、デスクに着いたシドの許へと持って行く。どっかりと腰を下ろしたシドにひとつを手渡し、右隣の自分の席に座ると咥え煙草のバディを窺った。
若宮志度、その名が示す通り三千年前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔らしく、前髪が長めの艶やかな髪も切れ長の目も黒い。身に着けた綿のシャツにコットンパンツがラフすぎて勿体ないほど造作は極めて整い端正だった。
不機嫌を眉間に溜めながらも常のポーカーフェイスを崩さない、この完全ストレート性癖の男を堕とすまで出会って以来七年も掛かったのだ。今は想い想われる毎日で傍にいられる幸せを噛み締めながら、ハイファは泥水を啜りつつ言った。
「仕方ないじゃない。事実として道を歩けば、ううん、表に立ってるだけでも事件・事故のイヴェントにぶち当たる超ナゾな特異体質なんだから」
じろりとシドはハイファことハイファス=ファサルートを見返す。
細く薄い躰を上品なドレスシャツとソフトスーツで包んでいる。タイは締めていない。シャギーを入れて後ろ髪だけ伸ばした明るい金髪をうなじで縛ってしっぽにしていた。瞳は柔らかくも優しげな若草色、顔立ちは誰が見てもノーブルな美人である。
「ふん。まあミテクレはともかく、お前みたいなタフなヤツがバディについてくれて助かったって言うべきなんだろうな」
あまりの日常のクリティカルさに、何度バディがついても一週間と保たなかったので、シドは長い長い間、AD世紀からの倣いである『刑事は二人で一組』なるバディシステムの鉄則も叶えられずに単独で捜査に当たっていたのだ。
そこに数ヶ月前、七年来の親友であるハイファがテラ連邦軍の中央情報局第二部別室などという、一般には殆ど知られていない部署から出向してきてシドと組んだのである。
別室とはあまたのテラ系星系を統括するテラ連邦議会を陰で支える存在で、『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に、目的を達するためなら喩え非合法な手段であってもためらいなく執る超法規的スパイの実働部隊だ。
そんな別室でハイファが何をやっていたかといえば、やはりスパイだった。
宇宙を駆け巡っては、元々ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身、それにノーブルとも云える美しいミテクレとを利用し、敵をタラしては情報を分捕るというなかなかえげつない手法ながらも、まさに躰を張って任務を遂行していたのである。
だが七年来の親友であり想い人であったシドが数ヶ月前にようやく陥落した、その途端に仕事にならなくなってしまった。つまりは敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしか行為に及べない躰になってしまったのだという。
そこに別室戦術コンが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるものを説いたためハイファは惑星警察に刑事として出向という体のいい左遷となったのだ。
だがここに生まれた二十四時間バディシステムにハイファは幸せいっぱい、文句などない。ほんの僅かな不平は職場で未だにシドが自分との仲を認めようとしないことくらいである。
異星系人とでも結婚し遺伝子操作で子供も望める時代だというのに、それまで女性に不自由したことのないシドは照れ屋故か見栄と意地を張り続けているのだ。
珍しく書類仕事のない朝で二人はのんびり泥水を啜り、シドは煙草を味わった。
一本を灰にするとシドは課長に武器庫の解錠を願い出る。ハイファも一緒に席を立った。分かっていても構いたくてシドに話しかける。
「弾の補充?」
「と、整備だ。最近サボってたからな」
「じゃあ、僕も」
オイル臭の充満する武器庫に入ると、デスクに敷いた雑毛布の上で二人並んで銃を分解し始める。完全にバラバラにする訳ではなく、フィールドストリッピングという簡易分解だ。ヒマを見つけて整備しておかないと時に命に関わる。
太陽系では普通、私服司法警察職員に通常時の銃の携帯を認めてはいない。シドとハイファの同僚たちが持つ武器はリモータ搭載のスタンレーザーである。それすら殆ど使わないというのに、シドとハイファは銃の所持許可を申請しっ放しだ。
仕方ない、喩え休日であっても事件はシドを放っておいてくれないのだ。イヴェントストライカに銃はもはや生活必需品、必要性は捜査戦術コンも認めている。
シドが右腰のヒップホルスタで所持しているのはレールガンだった。
針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射可能な巨大なシロモノで、マックスパワーでの有効射程が五百メートルという危険物である。突き出した長い銃身を専用ホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持している、武器開発課の作った奇跡と呼ばれる一丁だ。
じつはこれは二丁めのスペアで、最初の一丁は事件のさなか敵に壊されている。
一方のハイファもイヴェントストライカのバディを務める上で銃は不可欠だ。
ソフトスーツの懐、ドレスシャツの左脇にショルダーホルスタで吊っているのは、火薬カートリッジ式の旧式銃だった。薬室一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発というフルサイズのセミ・オートマチック・ピストルは名銃テミスM89のコピー品である。使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムだ。
弾薬もパワーコントロール不能の銃本体も、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定違反の品である。元より他星系で拾った私物を別室から手を回して貰い、特権的に登録し使用しているのだ。
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