第4話

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第4話

 それぞれ愛銃を丁寧に分解し、シドはレールガン独特の機構に組み込まれている電磁石や絶縁体の摩耗度合いなどをマイクロメータで測って確かめた。ハイファはニトロソルベントで銃口通しをし、パーツのひとつひとつにガンオイルを吹き付けては拭ってゆく。  綺麗に組み上げ、シドはフレシェット弾を満タンに装填(ロード)した。ハイファの弾はここにはないが、今日はまだ一発も発砲していないので十八発フルロードの状態だ。  納得してそれぞれホルスタに銃を仕舞う。  と、いきなりシドはハイファの細い腰を抱き寄せてキスを奪った。求めるまま差し出された柔らかい舌を絡め取り、唾液を飲み干して舌先を甘噛みする。 「んっ、んんっ……はあっ! ったく、職務中でしょうが!」 「応えたのは誰だよ?」  機嫌良くシドは武器庫を出た。続くハイファはやや目許を上気させている。  デカ部屋のデスクに戻ると、さて今日はどの方面を歩こうかと考えつつシドは椅子に掛けてあったチャコールグレイのジャケットを取り上げた。  このジャケットも特殊アイテムの対衝撃ジャケットである。挟まれた衝撃吸収ゲルにより、余程の至近距離でもなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーもある程度弾くシールドファイバだ。  命の代償六十万クレジットの品を自腹で購入したのだが、お蔭で何度も命を拾っていて外出時のシドの制服と化していた。  基本的にここ機動捜査課は殺しやタタキといった凶悪事件の初動捜査が専門のセクションだ。同報と呼ばれる第一報が入れば何はさておき現場に駆け付けなければならない。  けれどここはテラ本星セントラルエリアだ。後からテラフォーミングされた星に比べ妙なエリート意識が漂い、義務と権利のバランスが取れた地では皆が醒めている。躰を張った犯罪に走る奴などレッドリストに入れてもいいくらいの希少種だ。  お陰でシドとハイファ以外の機捜課員はヒマもヒマ、他課の張り込みや聞き込みなどの下請けに出掛けているのが常という状態だった。  僅かな待機人員の在署番もホロTVに見入り、噂話に花を咲かせ、デスクでうたた寝をし、深夜番を賭けてのカードゲームにいそしんでいる有様である。  だがシドとハイファは事実として事件とその書類に追われる毎日を送っていた。何故かと云えばシドは外回りに出掛けてしまうからだ。  大ストライクが怖いので他課も殆どシドには下請け仕事を回してこない。同じ理由で深夜番も免れ、更には特定人員だけに負荷が掛からないよう、どの班にも属さない遊撃的な身分だった。  バディの片割れとしてハイファも同じ扱いである。  だからといってシドはデカ部屋で大人しくしていない。常日頃から管内を歩き回っていた。何もヒマな同報待ちから逃げているのではない。  課長への嫌がらせでもなく、歩いていなければ見えてこない犯罪から人々を護ろうと、少しでも『間に合おう』としているのだ。それをこの上なく理解し、ハイファも文句を言わず一緒に靴底を擦り減らしている。 「ふあーあ。そろそろ出掛けるとするか」  いつも通りに宣言するとこれもいつも通りにヴィンティス課長から声が掛かった。 「シド、若宮志度。何処に行くというんだね?」 「今日は何処に行くの?」 「いつものコースばっかりじゃ、面白くねぇしな」 「シド。我が機捜課に外回りという仕事はない、座っていたまえ」 「ゆっくり散歩できるコースがいいなあ」 「お前、職務中だぞ」 「シド。『足での捜査』もいいが、これ以上管内の事件発生率を上げるんじゃない」 「ナニもナニに行ってナニするとは言ってないじゃない」 「まあいいか、行こうぜ」 「シド、聞いているのか、いないだろう、聞くのだ、聞け! 頼むからわざわざ事件を迎えに行くんじゃない、戻れ~っ!」  ヴィンティス課長の叫びを背にして耳をかっぽじりながら二人はデカ部屋を出た。機捜課は一階、オートドアを二枚抜ければもう表である。  大きく伸びをしつつシドは空を仰ぎ見た。超高層ビル群とそれらを串刺しにして繋ぐ通路のスカイチューブに切り取られ分断された空は気象制御装置(ウェザコントローラ)のお蔭か快晴だ。  シドとハイファは肩を並べて署から左方向へと歩き始めた。  ファイバの歩道にはスライドロードも併設されているが、『刑事は歩いてなんぼ』を標榜するシドは使わない。自らの足でしなやかに歩を進めてゆく。  右側の大通りでは色とりどりのコイルが列を作っていた。  コイルは現代で最もポピュラーな移動手段でAD世紀の自動車のようなものだ。形も似ているがタイヤはなく、小型反重力装置を備えていて僅かに地から浮いて走る。座標指定してオートで走らせるのが普通だ。目的地に着いて接地する際に車底から大型サスペンションスプリングが出るのでコイルと呼ばれるようになったらしい。  陽に輝くそれらを視界のふちに収めながら歩を進める。  官庁街を抜けてショッピング街に差し掛かると、上空を救急BEL(ベル)が一機、緊急音を鳴らさずにビルを掠めて飛び去った。BELは反重力装置駆動の垂直離着陸機、AD世紀のデルタ翼機の翼を小さくしたような、オービタにも似た機体だ。  人波を追い越しながら周囲警戒しつつ四十分も歩くと、シドは大通りを渡って公園に足を踏み入れた。砂場や遊具で遊ぶ学齢前の子供たちと、噴水の傍でお喋りに励むご婦人方を眺め、右手の遊歩道に向かう。  緑滴る散策道は木々の葉の隙間から青空が覗き、僅かな風が葉擦れの音と共に爽やかで気持ちいい。そぞろ歩く恋人たちや休憩するサラリーマンの姿も散見される。  灰皿の傍のベンチにシドは腰を下ろし煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。 「あー、ここんとこは別室任務もねぇし、平和だよなあ」 「そういや別室もここ暫くは静かだね」  ハイファを出向させたからといって放っておいてくれるほど別室はスイートな機関ではない。ときには非合法な手段を以てしても目的を達し、過去においては内部粛正も一切ためらわなかったというその非情な組織は未だに任務を振ってくるのだ。  そしてその任務はハイファだけでなく、イヴェントストライカという『何にでもぶち当たる奇跡の力』を当て込んで、今ではシドにまで名指しで降ってくるのである。  そのたびに惑星警察の方を『出張』だ『研修』だと誤魔化して出掛けなければならない。ハイファが現役軍人で別室員だという事実は、機捜課ではシドとヴィンティス課長しか知らない軍機、軍事機密だからだ。  機密に関わってしまったシドが左手首に装着しているガンメタリックのリモータも限りなく惑星警察の官品に似せてあるがそれより大型で、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの別室・惑星警察をデュアルシステムにした別室カスタムメイドだった。  これは別室からの強制プレゼントで、ハイファと今のような仲になって間もないある日の深夜に寝込みを襲うが如く宅配され、寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし、装着してしまったのだ。  そして別室リモータは一度装着し生体IDを読み込ませてしまうと、装着者が外すか他者から強制的に外されるかに関わらず『別室員一名失探(ロスト)』と判断して別室戦術コンがビィビィ鳴り出す面倒なシロモノなのだ。故に迂闊に外せない。  その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明になった際には、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが信号を発しテラ系有人惑星なら必ず上空に上がっている軍事通信衛星MCSがキャッチして捜して貰いやすいなどという利点もあった。  更にはハッキングなども手軽にこなす便利グッズなのである。  だがそんな機能一切が役立たずになる状況に二人は何度蹴り落とされたことか。  そもそも何故に刑事の自分がMIAの心配をせねばならないのか、司法警察職員の自分がどうして他星のマフィアのドンをこれで確認し警戒して歩かねばならないのかシドは激しく疑問なのである。
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