第6話

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第6話

 異様に空気の悪いBEL内で男たちは黙って到着を待つ。    高々度ならマッハ二を超えるBELだが、街中ではそうもいかない。それでも緊急機は五分ほどで単身者用官舎ビルの上空に着き、信号波を発して屋上の風よけドームを開けさせた。普段は定期BELしか駐まらない屋上にちんまりとランディングする。  だが単身者用官舎ビルは一介の平刑事だけが住んでいる訳ではない。故にセキュリティが固くナノチップ付き警察手帳を翳してもエレベーターは開かなかった。  煩雑な手続きを待っていられずビル管理部に連絡すると同時に、住人であるシドとハイファへの訪問者という形で捜一の四名のリモータIDを登録しビル内に踏み込んだ。  マル害、リチャード=ターナーの部屋は七十二階だった。部屋に着く頃にはビル管理部から捜査を認める旨、グレン警部のリモータに発振が入る。お蔭でマル害の部屋のドアは遠隔操作でロックが解かれていた。無造作にグレン警部がオートでないドアを開ける。  途端にグレン警部は凍り付いたように動きを止めた。中から顔を出したダークスーツの男二人に銃を突き付けられて動けなかったのだ。 「お前ら、何者だ? ドクを何処にやった?」  ダークスーツ男らに訊かれ、グレン警部は声を絞り出す。 「惑星警察だ。ドクとはリチャード=ターナーのことか?」  素早く銃を懐に仕舞った男らは顔を見合わせる。悔しげな表情だった。 「俺たちはドクのSP、あんたらと同業者だ」 「同業者だと?」 「ああ、そうだ。ドクは……その分では()られたのか?」 「SPとはまた……リチャード=ターナーは余程の大物らしいな。取り敢えずこちらも仕事だ。中を見せて貰いたいが、いいかね?」  案外あっさり室内に上げられた。だがシドやハイファの部屋と作りが同じの室内には、これといって手掛かりになりそうなものは何もなかった。クローゼットに白衣が掛かっていたのが唯一の特徴と云えるだろうか。  部下が難儀する高血圧上司のグレン警部はSP二人に対しても容赦しなかった。 「リチャード=ターナーをドクと呼んだな。何故だ?」 「彼に敬意を込めた愛称ですよ」  若い方が投げやりに言った。4号警備と呼ばれる護衛任務においてパッケージ、いわゆる警護対象者を殺されるという、あってはならない大失態だ。確かに気の毒ではある。 「ドクは軍属のコンピュータ工学博士だ。郊外の軍施設まで送迎し、交代で二十四時間ガードするのが俺たちの仕事。それをケムに巻いては遊びに出てリラックスするのがドクの趣味だったが、まさか本当に殺られるとはな」  年嵩の方のSPは凄い勢いでリモータを操作、何処かと連絡を取り合っている。 「殺られてもおかしくないような仕事をしていたフシは?」 「さあ。ドクの相手はコンピュータだ。それなりの機密に携わっていたのは俺たちを付けたことで確かだろうが、恨みを買うような人柄じゃなかったよ」  重要人物から機密を引き出して売りつける裏の人間も巷にはいる。だが、そういった筋とは今回に限っては関係なさそうだとシドは考えていた。あの現場を見る限りでは、それこそリラックスして知人と飲んでいるところをガツンとやられていた。  ドクことリチャード=ターナーの頭にめり込み割れた分も含めてグラスはふたつ、ホシはマイヤー警部補の言う通り、ドクと旧知の間柄であった可能性が高い。  良く喋る若い方にシドが訊いた。 「ドクに友人は?」 「俺たち付きの軟禁状態だ、抜け出して何処で飲み仲間を作っていたか分からん」 「他に気付いたことは?」 「ドクの好物はピザとコーク、それにウィスキーだ」  すっかり力が抜けてしまったSP相手に引き出せるのはここまで、そう踏んだグレン警部は撤収を命じた。刑事六人は屋上に戻る。  七、八百メートル離れた署に向かう緊急機の中でグレン警部が吐き捨てた。 「チッ、軍が絡むとロクなことがないな」  ダークスーツは自らをSP、セキュリティポリスで同業者と名乗ったが実際には軍人でMP、ミリタリーポリスと呼ばれる憲兵隊員だ。そして軍が関われば一切合切何もかも持って行かれて捜査に関する重要事項も聞こえてこないことが多いのである。  それでも署では朗報が待っていた。現場となったマンションの部屋の借り主が割れたのだ。シドとハイファも署の五階にある捜一の大会議室で捜査資料が次々とアップデートされるモニタを覗き込む。 「ニック=ハリスン、ミテラ星系人。ふうん、他星系人ねえ」 「第四惑星カリク出身。現在は第三惑星フィカルで掘削技術開発管理会社の社長か」  マンションを借りた際のIDも管理会社に保管されており、付近の住人もニック=ハリスンが買い物に出たりする姿を幾度も目撃していた。  即時デジタル3Dで作られたモンタージュが表示される。  背が高くしっかりとした体つきだ。髪は茶色っぽい赤毛をオールバックにして固めている。瞳は透明感のある茶色。普段からスーツを着ていることが多かったらしく、モンタージュのニック=ハリスンもブラウンのスーツにホワイトのワイシャツ、水色のネクタイだった。  これが直近の目撃証言だという。  そこまで確認してからシドとハイファは七階の食堂に行く。遅いランチはビュッフェ形式、本日のメニューはミックスフライに卵とワカメのスープ、サラダだった。  テーブルに着き、行儀良く両手を合わせてから二人は食べ始める。 「割と簡単そうな事件だけど、特捜本部ができるの?」 「殺しでホシが捕まってねぇからな、帳場は立つがマル害一人だ、特捜ではねぇな」 「この分だと明日の朝イチっぽいけど、僕らは?」 「捜一の帳場に組み込まれはするだろうが所詮外様。夜討ち朝駆けとはいかねぇよ」 「良かった。昼夜関係なしのアレって臭いんだもん」 「正直な感想だとは思うが捜一の奴らの前で言ったら殺されるぜ」 「それくらいは心得てるよ」  ハイファに問答無用で盛りつけられたサラダ、問答無用で酸っぱいドレッシングが掛かっているのをシドはしぶしぶ食べる。生野菜が不得意なだけでなく酸っぱいモノ嫌いなのだ。  何とか食し終えると二人は腰を上げる。トレイを返却して一階の機捜課に戻った。  凶悪事件の初動捜査を担当する機捜課はこれから一週間は殺しの捜査に関わることになるものの、実際には主導権を捜一に丸投げした状態で、相変わらず怠惰な雰囲気が漂っていた。滅多に起きない次の凶悪犯罪待ちという日常の風景である。  腹が満ちたシドは大欠伸をかましながらハイファが持ってきた泥水コーヒー啜る。煙草を吸いつつ電子回覧板を眺めてチェックし終えると、ハイファが打ち出してきた殺しの報告書三枚を、酷い右下がりの文字で埋め始めた。  容易な改竄や情報漏洩防止のために書類は今どき手書きというローテクが採用されている。筆跡は内容と共に捜査戦術コンに査定され、法務局中枢コンにファイリングされるので、幾らヒマそうだからといって他人に書いて貰うことはできない。  書類にペンを走らせるシドの右隣がハイファ、ハイファのデスクの真ん前がヴィンティス課長の多機能デスクだ。殺しまで持ち帰った部下に向けられるブルーアイはますます哀しげだった。このあとも大人しく待機している訳などないからだ。  案の定、書類をFAX形式の捜査戦術コンに食わせ終えたシドは、対衝撃ジャケットに袖を通した。デカ部屋を出て行くシドをハイファが追う――。
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