第7話

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第7話

「ねえ、今日は定時に上がりたいんだけど」  言いつつハイファはオートドリンカの陰から腕を伸ばしテミスコピーを発射した。轟音と同時に男の一人が手にしたレーザーガンがトリガに掛かった指ごと弾け飛ぶ。  途端に他の男らから反撃を食らってハイファは引っ込んだ。 「そんなに急いで帰ってどうすんだ?」  バディを背で庇いながらシドも男らにパワーを弱めたレールガンを向け、フレシェット弾を見舞う。一発に聞こえるほどの速射で二発、それぞれが男二人の肩に着弾。だが残りの二人が猛然と旧式銃の弾丸を撃ち込んできた。 「だって冷蔵庫が空っぽなんだもん。買い物しなきゃ」  二人が盾にしたオートドリンカに実弾がめり込み、けたたましいブザーが鳴り始める。プログラムがバグったか、ガコンガコンと飲料のボトルが吐き出された。  ここは合法ドラッグ店、認可されたドラッグを店内のトリップスペースで愉しませる店だ。銃声がして飛び込んでみるとドラッグ強盗五人組が仕事の真っ最中だったのである。 「まだ十六時前だ、さっさとケリつければ定時も楽勝だぜ」 「やるの?」 「んあ、援護頼む。……三、二、一、ファイア!」  左腕で顔と頭を庇いつつシドはオートドリンカの陰から飛び出した。  途端に対衝撃ジャケットの腹と胸に一射ずつ食らったが難なく走り出て、パワーを上げたレールガンで男二人の腕ごと銃を撃ち落とす。  肩を撃たれながらも一人、奇声を上げてレーザーガンを乱射し迫ってくるのを認め、二人揃って腹にダブルタップを叩き込んだ。  最後の気合いが入った男はあまりの威力に呆気なく糸が切れたかの如く頽れる。 「よし、終わったな。救急と緊急に発振だ」 「もうとっくに店員さんがやってるよ」  強盗(タタキ)たちの壊れた銃を蹴り飛ばしながら、ハイファは柳眉をひそめた。 「それにしても貴方、最近ストライクしすぎじゃない?」 「俺がやってる訳じゃねぇのは知ってるだろ」 「それでも、そろそろ課長から外出禁止令食らうの、覚悟した方がいいよ」  ポーカーフェイスながらも眉間に不機嫌を溜めたシドは、こちらもちぎれた腕ごと銃を蹴飛ばした。それからおもむろに男たちの二の腕を捕縛用の樹脂製結束バンドで締め上げて止血処置だ。腹に被弾した男は救急が来るまで放っておくしかない。  処置を終えたシドは大欠伸し、落ちていた飲料の中から保冷ボトルのコーヒーを選んで拾い上げ、開封してひとくち飲んだ。 「あ、現状保持違反に横領……」 「お前も飲んで共犯(レツ)になれ」 「バディだからって共犯は嫌だなあ」  言いながらもボトルを受け取ったハイファは口をつけた。カウンターからは馴染みの店員がことの終わりを察して、そろそろと顔を出していた。 「うーん、警察官職務執行法違反で始末書A様式も追加、と」  シドとハイファは七年と数ヶ月前、二人の出会いとなったポリスアカデミーの初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会で動標部門にエントリーし共に過去最若年齢にして最高レコードを叩き出して、その記録は未だに破られていないという射撃の腕の持ち主である。誤射などしたことはない。  だが考えられる危険性から一般人がいる場所での発砲は警察官職務執行法違反となり、始末書モノになってしまうのだ。三日と開けずこの手の始末書に追われ、これもヴィンティス課長の血圧を不健康に下げる一因となっていた。  やがて現着した救急機から白ヘルメットの隊員らが降りてきて強盗らを運び出し、ちぎれた腕と共に移動式再生槽にボチャンと投げ込んで去った。心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療である。二週間もすれば取り調べが可能となるだろう。  次に緊急機から降りてきたのは機捜課の同僚と鑑識、メンバーは殺しの時と全く変わらず、互いに溜息を洩らしながらも慣れた手順で実況見分を終わらせる。さすがのシドもハイファの要請でこれ以上歩くことはせず緊急機で七分署まで戻った。  デカ部屋ではヴィンティス課長が多機能デスクにへたり込んでいた。小言や愚痴を聞かされないのはこれ幸いと、報告書及び始末書A様式をさっさと埋める。  捜査戦術コンに全ての書類を食わせると、丁度定時の十七時半だった。 ◇◇◇◇  本日のストライクは消化したか、官舎の地下ショッピングモールで買い物をする間も何事も起こらず二人はノーストライクで五十一階の自室に帰り着くことができた。  通路の突き当たりまで歩くと右のドアがシド、左のドアがハイファの部屋である。  一旦左右に分かれキィロックをリモータで解くと、荷物持ちのシドは靴を脱いで上がり、キッチンのテーブルに買い物袋ふたつを置いた。  対衝撃ジャケットを椅子に掛け、執銃を解いてレールガンを寝室のライティングチェストの上へ置きに行く。ベルトの腰の後ろに着けている捕縛用結束バンドのリングも外し、警察手帳と一緒に銃の横に並べた。  キッチンに戻ると既にハイファがいた。こちらもソフトスーツの上着を脱ぎ、執銃を解いただけのドレスシャツにスラックス姿だ。買い物を冷蔵庫に移している。  二人が今のような仲になって以来、着替えやバスルームでリフレッシャを使う以外の殆どのオフの時間を、こうしてハイファもシドの部屋で一緒に過ごすのが当たり前となっていた。煙草を吸いながら目の前で揺れる金のしっぽをシドは眺める。 「晩メシ、何だ?」 「サラダ。ドレッシングは酢醤油」 「って、マジかよ?」 「嘘。鶏の唐揚げとコーンスープの。ドレッシングは酸っぱくないヤツ作る」 「ふうん。手作りか、期待してる。けど、まだメシには早いだろ」 「お腹空いてないの? ……あっ!」  自動消火の灰皿にまだ長い煙草を放り込んだシドが、冷蔵庫を閉めたハイファの細い腰を抱き寄せていた。背後から抱き締められ、ハイファは身を捩らせる。 「ぅうん……だめ。急に、何?」 「……だめか?」 「だって、まだリフレッシャも浴びてないから」 「構わねぇよ。欲しい」  ストレートに耳許で囁かれ背後からドレスシャツのボタンを幾つか外されてシドの方を振り向いた若草色の瞳はもう潤んでいた。目許は上気して桜色に染まっている。 「だめ……やだってば……ちょ、何で?」 「お前だけだって証拠、見せてやる」 「や、リフレッシャ、浴びさせて……ああん」 「そんな声で鳴かれたら、余計に待てねぇよ」  追い詰められテーブルに腰を預けた形のハイファの襟元をはだけると、薄い肩にシドは顔を埋める。男の持ち物ではないような、白くきめ細かい肌に舌を這わせた。  こうなるとハイファも拒み続けることはできない。柔らかな黒髪の頭を掻き抱く。
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