第9話

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第9話

 翌朝、ハイファ謹製のチーズトーストとハムエッグにサラダを食して出勤してみると、デジタルボードのシドとハイファの名前の欄が『出張』になっていた。 「何ですか、アレは?」  嫌な予感を膨れ上がらせながらシドがヴィンティス課長に訊いた。課長はここ暫くなかったほどに澄みきった青い目で重々しく告げる。 「昨日の殺しの件で、ミテラ星系に舞い戻ったとされるホシの身柄(ガラ)の確保を捜一から依頼された。管轄外、他星系捜査に長けた要員ということでキミたちが選ばれた。せいぜい頑張って成果を上げてきてくれたまえ」 「そんな山場を捜一が下請けに出すなんて、アリですか?」 「アリだとも。くれぐれも機捜課の名を貶めぬよう、努めたまえよ」  どうせ課長が自ら『ウチには他星系に慣れた人員がいる』とでも触れ込んだのだろう。管内の事件・事故発生率をバベルの塔の如く積み上げるイヴェントストライカを何処だっていいからよそに追いやることに日々腐心しているのがこの課長だ。  仕方なく二人は帳場の立った五階の大会議室に向かった。  捜査本部では捜一の面々が忙しく立ち働いている演技をしていた。ホシも割れ、単純明快な事件で殆どやることがないのだ。  モニタに映る捜査資料を二人は検索する。何はともあれ資料だ。 「イヴェントストライカも使いどきだ、頑張れよ」  手柄を云々しないのはいい傾向だが、グレン警部の朗らかさが今は癪に障る。 「捜査会議は何時からなんですか?」 「そんなことは気にするな。まあ、行ってきてくれ」  ここでもイヴェントストライカをよそに追いやる気満々だ。シドは溜息をつく。 「鬼が出ても蛇が出ても、俺は知りませんからね」 「まあ、そう腐るな。こっちはこっちで潜伏先となり得るホテルを当たるので手一杯なんだ。ホームに帰った可能性もあるって話だけ、ちょっと見てきてくれればいい」 「ちょっとで他星系ですか。数百光年でちょっと……へえ」 「どうせ一日じゃ戻れん。嫁さんのハイファスと旅行を愉しんできてくれ」  ふいの『嫁さん』口撃は浅いながらも的確に入ったジャブで、シドが怯んでいるうちにハイファはさっさと資料検索を続けていた。女房役を自認し必要なファイルをまとめる。 「ミテラ星系第三惑星フィカルの首都プラトロに、ホシと思しき男であるニック=ハリスンの構える会社と住居もあるんだね」 「仕方ねぇな、帰って準備するか」  捜一の捜査戦術コンからテラ連邦内共通の武器所持許可証を分捕ると五階から三十九階までエレベーターで上がる。  ここからはスカイチューブ、スライドロードが官舎まで繋がっているのだ。ビル内に住んでいるか職籍があるかしないと利用は不可なこれを使えば、要らぬストライクを防げるという訳である。  いつもこれを通勤に使えば良さそうなもので、ヴィンティス課長も口を酸っぱくして言うのだが、シドはやはり自身の足を使うことに拘って滅多に使うことはない。  スライドロードに乗っかって着いた官舎ビル側のリモータチェッカにリモータを翳す。マイクロ波でIDコードを受けたビルの受動警戒システムが瞬時にX‐RAYサーチ、本人確認してオートドアが開く。銃は勿論登録済みだ。  部屋に帰ると僅かな着替えだけ出してソファに置くと、一服してからライターにオイルを足した。作業中にやってきたハイファはショルダーバッグにシドの着替えも詰め込む。その上からシドは煙草の箱を幾つか放り込んだ。 「署に戻って誰かに緊急機、出させようぜ」  玄関で靴を履き互いに抱き合いソフトキス。ドアを出るとリモータでロックした。  二人ともに普段の刑事ルックだったが、ハイファはプラスしてベルトにマガジンパウチをふたつ着けている。十七発満タンを二本、銃本体と合わせて五十二発という重装備は、イヴェントストライカと他星系にまで出掛けて何事も起こらない、などという甘い幻想を抱いていないのだ  二人は逆順を辿って七分署に戻る。すると丁度、捜三の捜査員が裏取りで宙港に向かうというので、シドとハイファも便乗させて貰った。  定期BELだと各停機場を巡りながら一時間半掛かるが、緊急機で直行なら三十分だ。負担も随分軽くなる。捜三の捜査員らと世間話をしている間に宙港管制から干渉があり、緊急機は宙港隅の駐機場に誘導されランディングした。  捜三の面々に礼を言って別れると次は専用コイルでの移動だ。何せ宙港は広大である。宙港メインビルのロータリーに着くと十一時前だった。  階段で二階ロビーフロアに上がり十一時二十分発のシャトル便のチケットを前払い経費で購入、シートリザーブする。  太陽系のハブ宙港である土星の衛星タイタンへのシャトル便は、この二階ロビーフロアに直接エアロックを接続するので乗り込みも容易だ。  チェックパネルにリモータを翳しエアロックをくぐった二人は、シートに並んで収まると、キャビンアテンダントが配るワープ前の白い錠剤を飲み下す。  三千年前に反物質機関を発明し、それを利用したワープ航法を会得したテラ人だが、ワープによる人体への影響を完全に克服するまでには至っていない。  ワープ前には宿酔止めを服用するのが一般的であり、プロの宙艦乗りでもなければ、星系間ワープも一日に三回までに抑えるのが常識とされている。限度を超えたツケは躰で払うハメになるのだ。  更には怪我の治療を怠ってのワープも厳禁で、亜空間で血を攫われ、ワープアウトしてみたら真っ白な死体が乗っていた、などということになりかねないのである。  まもなくアナウンスが入ってシャトル便は出航した。  タイタンへは二十分の通常航行で一回のショートワープ、更に二十分の通常航行のトータル四十分で到着する。  ここを通過しなければ太陽系内外の何処にも行けないという、テラ本星の最後の砦であるタイタンには第一から第七までの宙港があった。このシャトル便が着くのは第一宙港だ。     七ヶ所の宙港の他にタイタンにはテラ連邦軍の巨大基地があった。  陸・空・宙軍の揃った巨大タイタン基地の付属軍港にはテラの護り女神・第二艦隊が駐留し、睨みを利かせている。  ちなみに攻撃の雄である第一艦隊は火星の衛星フォボスが母港となっていた。 「上手くミテラ星系行きの便がとれればいいけどな」 「ええと、第二宙港からになるね、ミテラ行きは」  リモータで検索したハイファがそう言った瞬間、五体が砂の如く四散していくような、不可思議な感覚をシドは味わう。ショートワープだ。  二十分後、無事シャトル便はタイタン第一宙港メインビル二階にエアロック接続した。二人はエアロックを抜けると急いで屋上の定期BEL停機場に上がる。
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