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――。
「で――、どうなったの?」
僕の娘が母親に聞いた。
「電車が走り出し、あの時、お父さんは手持ちぶたさに定期券をいじってたんだあ」
僕の娘の母親は――あの時の彼女の笑顔を見せた。
「スマホなかった時代だしね」
「そうそう。厚紙みたいな磁気カードだったんだよ。そんな定期券を歪めたりいじってたお父さんの手元から――」
「ふんふん」
「ぴょーんって定期券が弾かれるように飛び出してね。正面の席に座ってたお母さんの膝の上に見事、着地!」
「うっわあああ」
僕もその時の光景を思い出した。今でも赤面だ。僕の手元から弾かれるように飛び出した僕の定期券が、それはもう見事に彼女の膝の上に着地したのだった。
あーーーーっ!!
なんて叫び声が頭の中で爆発したのは生まれて初めてのことだった。
「横に座ってた朋美おばさんが大爆笑。まあ朋美おばさんが大声で笑ってくれたから、私とお父さんとの間に生まれた奇妙な沈黙が吹き飛んだわけよ」
そこから僕と彼女の間に会話が生まれた。
そして結ばれることが運命の二人になったわけだ。
「なんだかさあ、ねえ、ロマンスの欠片もないよね」
と娘は言った。おっしゃるとおりである。
「ロマンスの着地点はあったわよ」
その着地点を作ったあの時の定期券は今でも僕と彼女の宝物だった。
<終わり>
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