人魚の王子様

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「行ってきます」 家族にそっけない挨拶をすると、カイは見送りを拒んでひとり出発した。首にさげた袋には、宝物のナイフが入っている。海の上を目指して浮き上がっていったが、とちゅうで方向を変え、集落の外れにある、イソギンチャクの園へと入っていった。 「よお、じいさん。約束の薬、もらいに来たぞ」 じいさんと呼ばれた老魔法使いは、イソギンチャクの園の真ん中にある洞窟に、ひとりで暮らしている。灰色の長い髪と髭の中に、鋭い目が光っている。変わり者だが、カイはこの老人と話すのがおもしろく、よく遊びに来る。本当は、ベアンハートという立派な名前があるのだが、カイは名前で呼んだことはなかった。たぶん覚えてすらいないのだろう。 べアンハートは、水の中でも燃える魔法の火に、大きな鍋をかけて何やらグツグツ煮込んでいたところだったが、カイの姿を見てため息をついた。 「だめだと言ったはずだ。あの薬は危険なんだ」 「じゃあなんで作ってるんだよ。自分だって興味本位でやばい薬作ってるんだろ? ばあちゃんにばらしてもいいのか?」 ベアンハートは若い頃からカイの祖母にあこがれており、ほとんど崇拝していると言ってもよかった。カイはそのことに気づいていて、それを利用した。 「老人を脅迫しおって! あの人の孫じゃなかったら、舌を切り取って口がきけんようにしてやるところだ!」 ベアンハートはぶつくさ言いながらも、岩でしつらえた棚のところへカイを連れていった。棚には小さな瓶が並んでいて、その中には白い光を放つ液体が入っている。べアンハートは瓶をひとつ手にとってカイに渡した。 「これを人魚が飲めば人間に、人間が飲めば人魚になることができる。ただし、効果は一日だけだ。元の姿に戻る前に、必ず帰ってこいよ」 「ひとつだけ? ケチケチしないで、いくつかくれよ」 「それだけはだめだ! なにしろ薬の効果がきれる前にもうひと瓶飲むと、二度と元に戻れなくなるんだからな」 その時、火にかけていた鍋が大きな音をたてて爆発した。ベアンハートがあわてて鍋のところへ行っているすきに、カイは棚から薬瓶をもう一つくすね、ふたつとも袋にしまった。とりあえずひと瓶飲んでみて、人間の暮らしが気に入ったら、そのまま人間になってもいいなと思ったからだ。そして何も言わずに立ち去った。
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