人魚の王子様

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カイは生まれて初めて、海の上に顔を出した。 空には、いつも水を通してぼやけていた月がくっきりと見え、星も光っている。波が月の光を映してきらきらと揺れ、頬に風があたって、潮の匂いがした。 波の進む方へ向かえば、人間の国があるのだ。 しかししばらく泳ぐと、陸地を見る前に、鯨のように大きな船が浮かんでいるのを見つけた。時々水面を横切る黒い影が、船という人間の乗り物であることは、祖母に聞いて知っていたし、海底に沈んだ古い船も見たことがある。さっそく人間の姿を見れそうだと、カイは船に近づいていった。 船にはたくさんの灯りがついていて、にぎやかな話し声や音楽が聞こえた。水面の近くには丸い窓があり、中をのぞくことができた。着飾った人間の男や女が、楽しそうにおしゃべりをしている中に、ひときわ目をひく黒髪の少年がいた。カイと同い年くらいに見えたが、仕草には気品があり、濡れたように黒い瞳を優しく細めて笑う。カイはその少年から目が離せなくなり、陸地を目指すことなどすっかり忘れてしまった。 どのくらいそうしていたのだろう。 気づいたときには、風はだいぶ強くなっていて、すぐに雨が降ってきた。空は真っ黒で月も星も見えない。風と雨は急激に強くなり、目を開けているのも難しいくらいになった。船はしばらく波に激しく揺られていたが、やがて何かが割れる大きな音がして、ゆっくりと傾いていった。 人々は小舟で脱出しようとしていた。持ちこたえて浮かんでいるのもあったが、沈んでしまうのもあった。大小さまざまの木片がたくさん浮かんでいて、カイはそれを避けながら、黒髪の少年を探していた。といっても真っ暗で、手の届くくらいの範囲しか見えない。雷光が辺りを照らしたほんの一瞬、波間に浮き沈みしている彼の姿が見えたように思って、その辺りまで泳いだ。その人間は、気を失っているようだった。抱きかかえて顔を見ると、間違いなく彼だ。カイは彼を抱えてその場を離れた。
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