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嵐は来たときと同じように、急に静まった。雲も晴れて、また月が姿を現したが、だいぶ低いところに動いていた。カイは少年を陸まで送り届けるつもりで、波の進む方向へ泳いでいた。腕に抱いた体は、海で暮らす自分のそれとは違い、細くていかにも頼りない。おれが守ってやらなきゃ――初めて感じる気持ちだった。
月の光の下で改めて彼の顔を見ると、目を閉じたその顔は、船で見たときよりもあどけない。この瞳がひらいて自分を見つめるところを想像すると、胸が甘くうずいた。そしてふと思い出した。
あの薬を人間が飲めば、人魚になるのだ。このきれいな少年が人魚になって、右も左もわからない海の世界で、自分を頼ってついてきたら、どんなに楽しいだろう。その考えに夢中になった。
遠くに陸地が見えてきた。黒かった空が青に近づいて、夜が終わろうとしていた。陸地の海岸は入り江になっている。カモメが飛びまわる影が見え、騒々しい高い鳴き声が聞こえていた。入り江の手前に、岩でできた小さな島がある。その平らになっているところに少年を横たえて、服を脱がせた。そして袋から薬の瓶をひとつ取り出して中身を口に含み、口移しで飲ませた。少年の脚は、腰のあたりからだんだん人魚の尾に変わっていった。
すっかり人魚の姿に変わった少年を、カイはほれぼれと見つめ、その尾を水につけて、目を覚ますのを待った。まもなく陸地の丘の上のほうの空がうっすらと白んできて、日の光がさした。まぶしそうに少し顔をしかめて、とうとう少年が目を開け、あの黒い瞳でカイを見た。
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