人狼の村

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事のはじまりは二週間前。 ここは中世から残る城壁に囲まれた、小さな美しい村だ。村人はみな顔見知りで、犯罪などとは無縁のはずだった。しかしある朝、鍛冶屋のダニエルが遺体で発見され、村は突如として恐怖につつまれた。遺体ははげしく損傷しており、狼のような獣のしわざに違いないと思われた。 村を囲む城壁は、古いが堅牢そのもので、入り口が二か所ある。見張りは立てているものの、平和な村のことで、目を離すこともあったため、獣がいつのまにやら入りこんだ可能性はある。だとしても、夜間は門扉を閉ざしているので、それはまだ村の中にいるはずだった。しかし、村人総出でくまなく捜索したにもかかわらず、獣も不審者も見つからなかったのだ。信じたくなかったが、ダニエルを殺したのは村人の誰かということになる。 その日から、入り口の見張りを強化したが、悲劇はそれだけにとどまらなかった。次の朝、今度は農家の娘、エマが納屋で死んでいるのが発見され、やはり獣に食い殺されたとみられた。その日も人家のすみに至るまで捜索が行われたが、何も発見されなかった。 そして次の朝、また同じ惨劇が繰り返され、やはり村人の中にケダモノが紛れ込んでいるのだと、信じざるをえないことになったのだった。 人狼――姿を見たものはいないが、誰からともなく、このケダモノをそう呼ぶようになった。それは村に古くから伝わる話で、狼の化け物が、喰らった人間の姿形のみならず、記憶まで写し取ってその人になりすまし、夜になると正体をあらわして、村人をひとりずつ食い殺していくというものだ。それ以来、そのおぞましいイメージは、ぼくたちの心を恐怖でとらえ、片時も放してはくれない。
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