本編

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 最初はそれが友愛という感情なのではないかと思案した。だが大学の先輩が卒業し、鉄道会社に就職すると聞いた時、離れたくないと、もっとそばにいたいと感じた過去があり、気づけば同じ職場の採用試験を受けていた。  その頃には、自分が同性愛者だと認めるしかなかった。  メディアを見れば、昔ほど同性愛者への風当りは強くないように思える。だが少なくとも、槙永の周囲には、一人も同性愛者はいなかった。槙永も普段はゲイだと口に出すような事は無く、就職後再会した先輩とも時折話す程度で、想いを伝えたいと思った事も無い。  先輩は、『コーヒーなら微糖が好きだ』とよく笑っていて、槙永にも度々差し入れてくれた。  そのような日々の中、常時は仕事に励み、休日にはひと目を忍んで、ゲイバーに足を運ぶようになった。完全に公私を分けていた槙永は、このまま生きていくのだろうと漠然と考えていた。  だがある日勤務中の駅で、ゲイバーで出会った相手が声をかけてきた。その者はお喋りで、人目も憚らずに、ニヤニヤとペラペラと、実に楽しそうに大きな声で、槙永の性癖を暴露した。運悪くそれを同僚数人が目撃し、後はあっという間だった。  周囲は別段、同性愛者だからという理由で、槙永を排斥するような事は無かったが、噂は広まり、好きだった先輩もよそよそしくなった。家族の耳にもその話が入り、両親もどこか遠巻きに、距離を置いて槙永に接するようになった。  それが契機となり、息苦しくて胸が詰まり、槙永は『人間』という生き物が怖くなってしまった。何度、己の自意識過剰だと考えようとしても、噂は届いてくるし、人の態度はふとした時に露骨になる。  ――もう、この世界から消えてしまいたい。  槙永は、日増しにそう考えるようになった。率直に言えば、死にたくなった。だが駅で勤務していると、いかに飛び込みによる自殺が身内にも周囲にも大きな影響を与えるのかも理解していた。遺体の清掃がなされない日が無い鉄道会社に勤めていた槙永は、同時に飛び込み自殺が年々困難になっている現状も知っていた。それでも電車がホームに入ってくる度に、死を考えずにはいられなかった。  ホームドアが無いか、あるいは近くから線路に飛び降りる事が可能な傾斜がある土地。
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