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思わず、両手のこぶしを固く握る。
体がカッと熱くなる。
頭がうまく回らない。
先生が知っているわけない。
あのとき、誰も見てないのはちゃんと確認したんだから。
黙っていれば、バレるわけない。
でも、先生は僕の頭の中を見透かしたように言う。
「見てたって生徒がいるんだよ」
「それ、誰ですか……?名前は……?」
サイトウ先生は、怒ったようにもがっかりしたようにも見える表情で、僕の目をまっすぐ見つめている。質問には答えてくれなかった。
あの日の5時間目は、理科室での実験だった。
僕たちの4年3組の教室と理科室はどちらも校舎の4階で、渡り廊下を挟んで別々の棟にある。僕はうっかりペンケースを忘れてしまい、先生に許可をもらって、みんなが実験をしている間に教室まで取りに戻った。
渡り廊下を走り抜ける。授業中の静まり返った廊下を走るのは、自分だけサボっているみたいで落ち着かない。でも、誰もいない廊下をいつもよりもハイスピードで駆け抜けるのは気分がいい。
4年2組のクラスは授業中だ。教科書に目を落とすみんなに気づかれないように、気配を消してすばやく横を通り過ぎる。その隣には、がらんとした僕たち4年3組の教室。
教室の一番後ろの自分の席に駆け寄って、無事に机の中からペンケースを取り出す。
理科室に戻ろうとして、ふと、ロッカーが目に入る。
イナミくんのロッカーから少しだけはみ出した、けれど折れないよう丁寧にしまわれた画用紙。そっと引っ張る。
いつも通り、とても上手なイナミくんのイラスト。コンテスト応募作品だ。
鉛筆で下書きされた、ドラゴンのキャラクター。
実在しない生き物を、どうしてこんなにうまく描けるんだろう。
ロッカーの上には、誰かが置き忘れた、黒い極太のマジック。
一瞬浮かんだ、恐ろしいイメージ。
なんてことをーー。
振り返る。誰もいない。
廊下の外を覗く。誰もいない。
誰も来るはずない。
やるなら今しかない。
マジックを右手で掴んだときには、迷いも怖さも消えた。
ただ大きく、力いっぱい書いた。
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