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その落書きが騒ぎになることはなかった。イナミくんは、クラスの誰にも言わなかったみたいだ。知らない間に誰かにいたずらされたなんて、格好悪いと思ったのかもしれない。
次のクラブ活動のとき「別のイラストに変えることにしたんだ」と、何でもない顔で言った。その横顔を見ながら、僕はちょっと安心しつつ、それ以上にイライラした。
あんな目に遭ったのに、何も感じないのか?
じゃあ、なんでサイトウ先生にばれたんだ?
先生にだけは、こっそり話してたのか?
何か説明しなきゃ。
うまい人の絵を模写したら、いろいろなことに気づける。見てるだけじゃダメで、やっぱり描いてみないと。だから僕も、イナミくんの絵を模写してみたら、何かわかるんじゃないかと思ったんだ。
なのに誰かが「真似っこ」って言い始めた。
ある日、熱が出て、クラブ活動に行けずに早退することになった。ふらつく頭と喉の痛みをこらえながら教室を出る直前に、イナミくんがみんなと話しているのを聞いてしまった。
「今日は真似っこされないから、よかったぁ」
だから、イナミくんが悪いんだ。
だから、黒いマジックで「バカ」「キライ」って書いたんだ。
※ ※ ※
目を開くと、いつもの天井。ベッドの上にいた。
なんで?
早く学校に行かなきゃ。行って、先生に説明しなきゃ。
違う、今日は日曜日。
学校は休みだ。
じゃあバレてないんだ、誰にも。
ーーよかった!
起きたばかりなのに、どっと疲れを感じた。
まだ指先が震えている。
ゆっくり体を起こし、カーテンを開ける。
いつもの風景、いつもの通学路。学校へと続く道。
僕がイナミくんの絵を台無しにしたのは、紛れもない事実だ。
夢なんかじゃない。
涙があふれてきた。
声を押し殺して、泣いた。
まだ隣の部屋で眠っているお父さんとお母さんに、聞こえないように。
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