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「おい! ちょっと、はぁ、はぁ」
豪邸に住む大富豪のカメが、買ったばかりのランニングマシーンでトレーニングをしながら、移動手段兼身の回りの世話役として雇ったウマに向かって怒鳴りつけました。
「はいっ!」
ウマは元気よく返事をします。
「マシーンのスピードが、少し速いような気がするぞ! 早くなんとかしろ!」
カメはウマに対して厳しい口調で命令しました。
ウマは焦りながら、「すぐに、なんとかします!」と言って、マシーンのスピードを調整するために動き出します。
しかし、ウマは焦ってしまいスピードを上げるボタンを押してしまいました。
スピードは徐々に速くなっていきます。
「あれ? おい! なんか、余計に速くなってないかい?」
カメは、おや? と思いながらウマに訊きました。
「……変ですね。で、では、もう一度っ!」
ウマは再び焦りながら操作をしたせいで、またしてもスピードを上げるボタンを押してしまい、スピードはますます速くなります。
「酸欠になりそうだぞ。おい、よくパネルの表示を確認しなさい!」
そこで、ウマがパネルを見てみると、速度が25キロに設定されていることに気づきました。
予想以上の速めの設定に、ウマはとても驚きました。
「25キロ設定になってる! どうしよう、どうしよう! す、すみません!」
ウマは、ますます焦ります。
「えっ、いくら俺でも25キロを走り続けるのはキツいよ。もうちょっとスピード下げて! カメカメオリンピックに出場するわけじゃないんだから」
「ハハハッ。ユニークなこと言うの珍しいですね。そんなオリンピックないのに。血流がいい感じになってるから普段は考えつかないことがポンッと出てくるってわけですね。『カメカメオリンピック』って、カメさんにしては実にユニークだ!」
「笑ってないで、早く!」
「でも、甲羅を縦横無尽に動かしながら必死に走っているお姿、とても可愛いですよ」
「可愛いとか、言うな! 俺で遊ぶな! ちゃんとやれ!」
「はい! すみません!」
ふざけた末に怒られたウマは、予想外の叱責にとても驚きました。
「ほっ、ほっ、ほっ、しかし……とっくにカメの限界スピードを超えている自分が信じられないぜ……で、どう? スピード落とせそう? ほっ、ほっ、ほっ」
「うわぁ、マズイなぁ」
「どうした?」
「スピードがMAXの50キロ設定になっちゃいました」
「えー。ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、おおぅ、速い速い、ほっ、ほっ、でも、ほっほっ、もう限界だよぅ、ほっ、ほっ、ほっ」
「……」
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」
「……」
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」
「……」
「……早く助けてよ! 早く、俺を咥えてここから出して!」
「へぇ」
しかし、ウマは「へぇ」と言ったきり、楽しそうにカメをじぃーっと見つめているだけで、助ける素振りを見せません。
「早く、早く、もう、本当にマズイから! 一刻も早く!」
「は、はい! では、失礼します」
ようやく、ウマは素早い動作でカメを咥えて救出しました。
「ふう、助かったぁ」
「いやー、危うく飲み込んじゃうところでした」
「の、飲み……おおぅ、危なかったぁ」
すると、酸欠で頭がボーッとしているカメは、意識が朦朧とする中で、ふと自分のこれまでの傲慢さがどれほど愚かな行為であったかに気づき、驚きました。
「俺は、どうしてお前に酷いことをしてきたんだろうか……今まで、言いたい放題、やりたい放題で本当にすまなかったよ」
カメは反省して、弱々しい声で言いました。
「いいんですよ、カメさん。あなたと一緒にいるだけで私は幸せなのですから。暴れん坊で、みんなから嫌われていた私に近づいてくれて、雇ってくれたこと……一生、絶対に忘れません。心から感謝しています」
ウマは目に涙を浮かべて言いました。
「でも、俺は、お前を馬車馬のように働かせていただけだぞ!」
「いいんです……いいんですよ」
ウマは優しく微笑みました。
「俺は幸せ者だよ」
「私も同じく」
この日からカメとウマは一層、絆を深めました。
カメにとっては苦い経験でしたが、傍若無人な性格を考え直す良いおくすりとなったようです。
(おわり)
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