殿下、そろそろデレないとヤバそうですよ

1/1
前へ
/5ページ
次へ

殿下、そろそろデレないとヤバそうですよ

 ジェイドから没収した怪しいアイテム一式を魔法局に届けたランツは、再び執務室に足を向けていた。本当はそのまま帰る予定だったが、怪しいアイテムの中に、うっかりジェイドに提出したはずの書類が紛れ込んでいたのだ。  提出期限は十分あるので明日また提出しても良かったが、別に慌てて帰る用事もなく、執務室までの距離もそこまで離れていないので、「持っていっておくか」と軽い気持ちで向かっていた。  中庭を通りすぎようとした時、ふと見覚えのあるフワフワの金髪が視界に入った。 (あれは、フローラ嬢?どうしてこんなところに──ああ、そう言えば今日は王妃様たちとお茶会がある予定だったか)  王族の婚約者としての教育を受けるためだったり、今日のように王妃や第一王子の婚約者主催のお茶会に招待されたりと、フローラも日々忙しく過ごしているのだ。  そのまま通り過ぎようとしたランツだったが、フローラの纏う空気がどんよりと暗いことに気がつき、足を止めていた。 (侍女と護衛は近くにいるな。うーん、どうしよう、声をかけてみるか)  二人きりで話しているところを誰かに見られると、面倒な噂が立つ可能性がある。本当なら話しかけずに通りすぎるのが正解かもしれない。しかし、思い詰めたような表情のフローラが気になるのも事実。近くに侍女や護衛の姿が確認できるため、少しくらい話ても大丈夫だろうと判断した。 「こんにちは、フローラ嬢」 「あ、ランツ様」 「どうしたんですか、暗い表情ですが」  立ち上がり挨拶しようとするフローラを手で制して、ランツは人好きするような笑顔で尋ねる。 「……暗い表情をしていましたか?」  フローラが表情を隠すように両手を頬に当てさわさわと触っている。 「どうされたのか、尋ねても?」 「その、大した事では……あ、あの、ランツ様とジェイド様は幼少の頃から仲が宜しかったと伺ったのですが、本当ですか?」  お茶会で誰かに聞いたのだろう。 「そうですね。殿下とは幼少の頃からの付き合いです」  別に隠すような事でもないし、多くの者が知っている事実だ。今では側近として控えているが、幼少期に同年代の友人候補として出会い、その後は共に学び、遊んで過ごした。ジェイドと一緒に色々といたずらをしては第一王子や王妃に怒られたことも数知れずである。  公共の場では王子と側近として距離を取っているが、私的な場では遠慮なく話ができる仲だ。フローラがジェイドを訪ねて来る時は大体気配を消して佇んでいることが多かったから、彼女はジェイドとランツの関係を知らなかったのだろう。 「ランツ様から見ても、ジェイド様は私を嫌っているように見えますか?」  ポツリとフローラが囁くような小さな声で呟いた。それから、ハッとしたように口元を押さえているところを見ると、言葉にするはずのなかった呟きだということが分かる。 「す、すみません。今のは聞かなかったことにしてください」  決まり悪そうに目線をさ迷わせるフローラを見ながら、ランツは内心「えっと、これはヤバイのでは?」と思う。確かに、日頃のジェイドの態度では嫌われていると思っても不思議じゃない。寧ろ好意があるなんて思えない態度だ。  ということは、フローラが暗い表情になっているのは、ジェイドに嫌われていると思ったからか。これはフローラのジェイドに対する気持ちなどを確認する良い機会なのではないかと思った。 「がっつり聞こえてしまって、忘れられそうにありません」  聞かなかったことにすれば、そのまま会話が終了してしまう。会話を終わらせないために、ランツは至極真面目な表情でそう返した。 「そ、そんな……」  フローラの目が見開かれる。まさか、そう返されるとは思わなかったのだろう。 「なので、どうしてそう思ったのか聞いても宜しいでしょうか?」 「う……」 「他言はしません」 (ジェイド以外には)と心の中でランツは付け加える。 「ジェイド様と私の婚約は……」 「はい」  促すように相槌を打つ。 「ジェイド様が望まれたものだとお聞きして、私とても嬉しかったんです。でも、ジェイド様はいつも私と会うとき固い表情ですし、私が話しかけるのも迷惑されているようで……。もしかしたら、ジェイド様から望まれたというのは、何かの間違いだったのでは、本当は厭われているのではないかと思ってしまって……」  ランツの予想は的中した。  というか、きっと誰でも予想できることだった。 「ジェイド……」  執務室の扉を開けると、ジェイドが書類片手に顔をあげる。 「どうした、ランツ。帰ったんじゃなかったのか?」 「帰ろうと思ったら書類まで持ってきてたから……はい、提出。それから、中庭でフローラ嬢と会ったぞ」 「フローラが中庭に?」 「で、あまりに表情が暗いから話しかけてみたんだ」 「な、ズルい」 「まともに話しかけれない奴に「ズルい」と言われてもな……それより、いつもあんな態度で接してるから、彼女、お前に嫌われていると思ってるぞ」  中庭でのフローラとの会話をジェイドに伝えると、ジェイドの顔がみるみる青ざめていった。 「そんな、嫌ってなんかない、好きだ!」 「俺に言ってどうする……知っとるわ。このままじゃ、ヤバイぞ。フローラ嬢泣きそうだったんだぞ」  別れ際に「すみません、みっともない姿をお見せしました」とフローラは微笑んで謝っていたが、今にも泣きそうな目をしていた。  このままでは二人の仲が盛大に拗れていく予感しかしない。  へたれジェイドはまだ大丈夫だろうが、このままではフローラの心が折れてしまいかねない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加