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心がある場所
入口で護衛を待たせて一人で庭園の中に入ると、全身を芳しい香りが包む。
この辺りの薔薇は今が盛りだ。青空の下で様々な色の薔薇が「見てくださいな」とばかりに咲き競っているさまは本当に美しい。左右に目を奪われながら目的の『愛しの君』が咲く中心部へ進むうち、ジゼルは行く先の方から何やら声が聞こえてくることに気が付いた。
話しをしている声は二人分。そのうち片方は父のピエールのものだ。そうして、聞いているだけで浮き立つもう片方の声は。
(ライナーだわ)
予定外の場所でライナーの声を聞けて、ジゼルは思わぬ良い拾い物をした気分になる。
(二人で何の話しているのかしら)
立ち聞きは礼儀に反するとは分かっている。しかし好奇心には勝てなかった。ジゼルはドレスの裾を持ってそっと進み、大きな木の陰に身を隠して耳をそばだてる。最初に耳に届いたのはピエールの声だ。
「相手のイメージを自分の象徴花にするなんて、珍しいね」
その言葉を聞いてジゼルはどきりとする。
ライナーはこの城にきてからずっと、自分の象徴花を何にするのか悩んでいたようだった。どうやらそれをようやく決めたらしいが、ジゼルが気になるのはどの花になったのかというよりも。
(……相手のイメージを自分の象徴花に……ってどういうこと?)
意図せぬまま呼吸が荒くなる。音が聞こえてしまいそうな気がして、ジゼルは右手で鼻と口元を押さえた。
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