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(……立ち聞きしてしまったのは申し訳なかったわね。でも、ライナーの想う相手の名を聞かなかったのは良かったわ)
ライナーはピエールに相談していたのだから、相談相手ではないジゼルが聞く話ではない。
(それにしても、ライナーに想う方がいたなんて気が付かなかった――)
――いや、それは嘘だ。
確かライナーに『愛しの君』の話をしたとき、彼は恋を知っているような素振りを見せていた。あの段階でライナーには既に想う相手がいたのだ。
母国にだろうか、それともこの国で王宮へ来るまでの間だろうか。一体どこで出会ったのだろう、菜の花のイメージを持つ女性には。
もう庭園からはだいぶ離れたというのに、ジゼルの耳の奥では恥ずかしそうなライナーの声が何度も「菜の花」と木魂している。唇をぐっと噛んでうつむいたジゼルは、自分のスカート部分にいくつもの水の染みができ始めていることに気が付いた。こんなに天気が良いのに雨が降るとは意外だ。しかし見上げた空には雲一つない。首を傾げたジゼルはふと頬に触れ、そこでようやく自分が泣いているのだと気が付いた。
「……私? どうして……」
その理由に気が付きかけて、ジゼルは必死に自分に言い訳をした。
泣いている理由は恥ずかしいからだ。十一歳の弟が恋を知っているのに、十五歳になった姉の自分は恋を知らない。それが恥ずかしくて泣いている。他の意味などない。決して、決して。
――ライナーの想う相手が自分ではないと思い知って悲しいから。
「……違う違う! 絶対に、違うわ……!」
恋よりも先に失恋を知ったジゼルは、木陰で膝を抱え、一人きりで肩を震わせた。
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