嘆きの冬

2/6
前へ
/96ページ
次へ
「そもそも、お父様がもう少し早く私の婚約者を決めておいてくださってたら良かったのよ。私、あと少しで十六歳になってしまうんだから」 「ああ、そうだね……本当に大きくなった。体の弱い私とコリンヌの娘だからね、正直に言えば気をもんだよ。けれどお前は健康に育ってくれた。こんなに綺麗に、こんなに立派に……」  言って細く息を吐き、父はジゼルへ向けた顔から不意に笑みを消す。 「ジゼル。お前には誰か想う人がいないのか?」  突然の質問に、ジゼルは何を返してよいのか分からなくなる。一度唾を飲み込み、ようやく頭の中で答えを見つけた。 「急にどうしたの? そんな人いないわ」 「本当に?」  父の視線は重く、ジゼルの胸をぎゅうと押し付ける。その圧力のせいで心の奥底にしまった好きな人の名前を吐いてしまいそうになったが、大きく吸った息と共に何とか奥へ押し戻してジゼルは笑った。 「本当よ、お父様。本当に誰もいないわ」 「ジゼル。真実を言っていい。今ならまだ私はお前の力になってやれる」  視線の重さを消したピエールは、今度はいたずらめいて笑って見せる。 「私にはとても力があるんだよ。何しろ私は世に名を知れた賢王だからね」 「お父様ったら」 「おや? ジゼルは信じてくれないのかな?」 「……信じてるに決まってるでしょう。お父様は賢王だもの」  そうして、賢王は父だけではないのだとジゼルは知っている。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加