罪と罰と何か

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麗香はバレーボール強豪校の春江女子学園中等部に推薦入学した。二年生の時からずっとウィングアタッカーとしてレギュラー入りし、高等部に進級してもエースの座を譲らなかった。全国大会でも大活躍をしたのである。 そんな強豪体育会だけに妙な伝統やルールがいくつもあった。下級生が一番嫌がるのは、校舎からほど近い所にある私鉄の駅で、上級生が電車に乗り込むまで身体をはってドアを押さえ発車させないようにすることである。帰宅ラッシュの時間にやるものだから乗客から当然文句が出て悪態をつかれる。泣き出す下級生もいたが、明らかに威力業務妨害であるのにバレー部の監督も学校長もスルーし、鉄道会社もお手上げの問題だった。 その日も練習後、麗香はゆっくりと駅へ向かっていた。ことに暑い夜だった。ホームに入り電車に乗ろうとした麗香の頬を乗客の男が一発張り飛ばした。とっさのことで身を守れずに麗香はホームに後頭部から落下した。倒れた麗香の身体の上で男が何度も飛び跳ねた。 「この野郎!いつもいつも電車を停めやがって。俺の時間を返せ。返せよ、ブス!」 イヤな骨の音が響いて乗客の誰もが固まった。それでも電車は発車してしまい、ホームには倒れたまま動かない麗香の顔を殴り続ける男と下級生が残された。 「ひゃあああ!」 下級生の悲鳴で男はその存在に気づいたのか、男が今度は彼女の頬を殴りつけた。そこでようやく数人の駅員がさすまたを持って捕獲しようとし、すぐに駅前の交番から警官も来た。 「時間返せよ、春江のブス、デカ女」 興奮して暴れる三十歳くらいの男を警官が押さえつけた。少し遅れて到着した救急隊は麗香の呼吸と心拍を確認すると暗い表情をした。 心肺停止の状態だった麗香は意識が戻らず危険な状態が何日も続いたが奇跡的な回復力を見せた。だが、別の地獄が待っていたのだ。 事件報道があってすぐに春江女子学園バレー部の電車遅延は日常茶飯事だとネットにいくつも書き込みがあり、被害にあった女子高生への心配より非難が相次ぎ加害者を英雄扱いするものも現れた。一晩中書き込みが絶えず祭り状態となり、翌早朝から学園には非難の電話とメールが殺到した。 会見をした理事長も学長も「電車遅延など知らない」で通し、おまけにバレー部の監督は入院と発表したのだからますますネットは大炎上した。 どこで調べたのか麗香の自宅や入院先まで電話が鳴りやまない状態だった。全国大会の時の麗香の画像も出回り、その容貌、特に太いナチュラルな眉毛と固い髪をネタにされた。 ゆっくりだが麗香は回復し、車椅子利用ながら三年生に復学した。学校側の幹部も叩かれて全員辞任した。バレー部も廃部になり監督は行方不明のままで、部員たちの「威力業務妨害」の件も未成年を訴えるものか、まだ結論がついていない。
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