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 お手洗いを出て教室に戻ろうとした時、階段の方から歩いて来た男子にぶつかりそうになって、私はとっさに避けようとした。  けれど、間に合わなかった私は、その男子に躓いた。 「あっ」  そんな私を抱き止めたのは、ぶつかった男子だった。 「大丈夫ですか? すみません。気がつかなくて」  同じ学年ではないのかもしれない。見覚えのない男子が、私の目を真剣に覗き込んでいる。きれいな瞳だなと思った。その彼の瞳孔に私は吸い込まれるように見入った。  なぜか懐かしい。  そう思った瞬間、ズキリと頭が痛んだ。  な、何、これ?!  白黒映画を早回ししているように、映像が脳内に流れてくる。溢れそうなほど膨大な……これは……ローラの記憶だ!  煌びやかなドレス。堂々としていた父王。可愛かった弟。大勢の家来たち。整いすぎて怖い顔の男性。手に馴染んだハープ。美しいグリーンの瞳と、フルートの音色。楽しい会話。美味しそうな焼き菓子。  待って。こんなにたくさんの映像、処理しきれない。  頭が割れるように痛い。    …………。 「あの、大丈夫ですか?」  男子の声に私は我に返った。  ああ。  全て思い出した。  やっぱり私はローラだったんだ。  私が服毒自殺をしたのは……。 「クリス……」  私は「彼」の名前を呼んでいた。 「え? あの、僕は木山です」  木山と名乗った男子は、戸惑うように言った。この木山君は、記憶の中のクリスだと私の本能が感じていた。  でも、木山君にはわからないのだ。私がローラで、自分がクリスということが。現世で出会って思い出したのは私だけ。  失望感に似た寂しさを覚えた。 「ご、ごめんなさい! ちょっと頭痛がして」 「いえ。大丈夫、ですか? 泣くほど痛いんですか? 保健室に連れていきましょうか?」  木山君に言われて、私は初めて自分が泣いていることに気がついた。恥ずかしい。 「いえ、大丈夫。木山君も授業があるでしょう。教室に戻ってください。ありがとう」 「じゃあ、僕行きます。何かあったら一年三組なんで来てください。えっと、あなたは……」 「私は二年四組高崎です」 「高崎先輩、じゃあ、お大事に」  木山君は一度ペコリと頭を下げると反対側へ歩き出した。  木山君。  クリスとは全く外見が違う。  それでも私には分かった。彼は間違いなくクリスだと。私が前世で愛した唯一の人だと。
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