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***  私たちの密かな時間は急に終わりを告げることになる。   お茶を運んできた使用人が、口づけを交わしている私たちを見てしまった。そして、私の側近に密告したのだ。  私の家臣たちがどんなことを考えたか。  彼らは、エドガーに知られる前にクリスを殺せと言ってきた。クリスとの結婚で、我が国がエドガーの国の属国になることは避けなければならないと。  世界で最も愛しい人を殺すなど、私はできないと思った。けれど、彼らは言った。 「陛下は自国と敵国の王子、どちらが大切かも分からないのですか?!」 「陛下が殺せないのなら、私たちが殺して差し上げましょう」  トマスを殺害した者がこの中にはいる。  私がしなければ、私ではない者の手によってクリスは殺されるかもしれない。  我が国は恐ろしい毒の技術を持っていた。  私が命じなくとも、この者たちはいとも簡単にクリスを殺めるだろう。 「王子を殺してはならない! 王子を殺害などしたら、エドガーは攻めてくるであろう。私は祖国を戦場にしたくない!」  私の精一杯の抵抗に、家来たちは、 「属国になるくらいなら戦争になった方がましであります、陛下!」  といきりたった。 「わ、私の命が聞けないのか?!」 「何をおっしゃるのです? 私たちはいつも陛下のことを。国のことを考えているではありませんか」  結局私もトマスと変わらない。お飾りの女王なのだ。  うすうす気づいてはいたけれど、はっきりと分かって心が砕けた。  それなのに、私は後悔する決断を下す。  なぜこのとき女王の座を下りなかったのか。  クリスのように国を捨てられなかったのか。  私は本当に愚かだった。  クリスを犠牲にしてまで守るものなどなかったのに。 『忘れないで。僕はいつだって君の味方だ。いつまでも君を愛しているよ』  そうまで言ってくれたクリスを、私は完全な形で裏切り、国を取ったのだ。 ***  その日は練習最後の日だった。 「クリス。今日の焼き菓子は私が作ったの。口に合えばいいけれど」  事実、私はこの菓子を作った。涙と毒のたっぷり入った菓子を盛った器。運ぶ手は震えていたかもしれない。 「ローラが?! 嬉しいな! とても美味しそうだ!!」  クリスはいつもにも増して、澄んだ目で私を見た。そして、菓子を幸せそうに頬張った。 「ま、待って! クリス!」  クリスは呼びかけに答えることなく、倒れた。  菓子に入っていた毒薬は、短時間でクリスの心臓を止めた。我が国の毒は優秀で、苦しむ間もなかったはずだ。  クリスは死んだ。その死に顔には微笑みさえ浮かんでいた。クリスは私を露ほども疑わなかったのだ。  いや、本当にそうだろうか。あの瞳は分かっていてそれを受け入れた目だったのではなかったのか。 「ああ、クリス……! ごめんなさい! 私を許さないで」  私はクリスの冷たくなった唇に口づけた。  本当に本当に愛していたのに。  それでも結局、私は国を取った。最低な女だ。  私は毎日後悔をした。クリスは私と利害なしで付き合ってくれた、ただひとりの人だった。私を女王としてではなく、ひとりの女性として愛してくれた人だった。そんなクリスをこの手で殺めてしまった。誰よりも優しくて純粋で愛しい人だったのに。  神様!! 私はなんてことをしたの!!  クリスの死に顔が毎晩思い出され、涙を流した。  クリスに会いたい。けれどそんなことを望む資格さえ私にはない。  自分のしたことの重さに押しつぶされそうになる日々。  私のもとに残ったのは信用のできない家臣たちと、敵国とのいつ終わるかも知れない戦争だった。  息子を亡くしたエドガーの怒りは凄まじかった。当然だ。  我が国はあっという間に窮地に追い込まれた。 「陛下! もっと徴兵をしてください!」 「陛下! 食料がもう持ちません!」 「陛下! 疫病が!」 「陛下!」  臣下たちは自分たちの言い分ばかりを私に毎日言ってきた。そのくせまったく私自身を必要となんてしていなかった。  口では陛下陛下と言いながら、私を無視して、戦争は進んでいった。たくさんの国民が死に、国は荒れた。  それなのに、私は生きていた。  私は罪悪感と疲労に苛まれ続けた。限界だった。  クリス。あなたがいない世界はこんなにも苦しい。こんなにも寂しい。何も、ない。生きている意味さえ。あなたと一緒に死ねばよかった。  死。  それは日を追うごとに甘美なものに思えてきた。  クリスのもとへと行ける。死後の世界で誰にも邪魔されずに二人になれる。  でも、クリスは私を許してくれるかしら。  許さなくてもいい。それでもクリスのそばにいたい。  クリスの死から二ヶ月後、私は服毒した。クリスを殺めた毒だった。  結局、私はクリスも国もどちらも守れずに、何もなさず、何も得られずに死んだのだ。
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