オリエンテーションの夜

3/10
前へ
/216ページ
次へ
カレーをグループごとで食べ終わったあとは。 午後は進学校らしく、 大学受験に向けての話を聞かされる。 『高校時代に、何か打ち込めるものを作りなさい』 今…この学生時代が、きっと…自由にできる最良のときなんだろうな、と渓は思う。 毎朝疲弊しながら出勤する澪の姿を見て、特に…そう思った。 好きで進んだパティシエの職業なのに、社会に出たら「使えない奴」だとレッテルを貼られて、いびられている…らしい。 辛いのになぜか笑顔でいる姉を見ると、情けない悔しい…!の気持ちがわいてきて、ここしばらく口がきけていない。 「じゃあ、夜のバーベキューまで各自バンガローで過ごしてー。シャワーは時間通りに使用するように。はい解散ー」 先生が手を叩いて指示をして。 「これからどうするー?」 生徒たちはガヤガヤと散っていった。 「吉岡ー! 肝試しルート確認行こうよー」 環菜の声が響いた。 「先行っててー」 環菜たちが連れだってハイキングコースのほうへ向かう。 それを端で見ながらバンガローへ向かおうとしていた渓を、 「鎌田さん」と呼び止める声がする。 …吉岡だった。 (あれ? 一緒に行ったんじゃ) 「こないだは毛虫で驚かして…ごめん」 「え?」 「今夜の肝試しは、毛虫は出てこないからぜひ参加してほしいんだけど…。そっちの方面で脅かすつもりはないから」 毛虫を出すつもりはない、って言ったって。 毛虫は森にいっぱいいるわけで…。 「……ウフ」 渓は思わず笑ってしまう。 「……」 吉岡が動きを止めて、真顔になった。 「わかった。気が向いたらね」 渓はそう言うと歩いていった。 (…吉岡くんが皆から好かれてる理由が、なんとなくわかった気がするな。 私の座る席がないときも、いち早く気がついて皆にどけよと言ってくれたり。 けっこう、良い人かもね。 …変に意識してたから、気がつけなかったけど) 取り残された吉岡は、その場でしばらく呆然とする。 「吉岡~!」 福田菜月がやってきた。 「な、なに?!」 吉岡は異様に驚く。 「早く来てよ~。さっきから待ってるんだけど。ん、なんか顔赤い?」 小津深雪と同じく、福田菜月も吉岡と同じ□□中学出身だ。 見ると、ハイキングコース入り口で、リク係がたむろしている。 先に行け、っていってたのに…と吉岡がつぶやく。 「肝試しマップ、さっき初めて見たけど、なんか…危ない道多くない?」 菜月が眉をしかめて問いかける。 「ルートじゃない立入禁止のところにはビニールテープをくくりつけるよ。最短で8分くらいのコースで迷う奴はいないとは思う…」 「そう。それならいいけど~」 吉岡は振り返ってバンガローのほうを見やってから、菜月と一緒にハイキングコースへ向かった。
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加