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その日の夜…。
「渓ちゃーん、ご飯だって」
渓が自宅の部屋で勉強していると、弟の涼がドアを開けて突然入ってきた。
「ちょっと! ノックしてってば!」
「…ハイハイ、わかりましたよぅ」
涼はおちゃらけながら出ていく。
ドアを開けたまま……。
「閉めてよ~!」
とブツブツ言いながら、渓は数学のノートを閉じた。
高校で、ひととおり全教科の授業を受けたところだが。
数学が抜群に面白い。
山瀬は型破りな教え方だが、案外と細部までこだわった解説をしてくれるから、知的好奇心が刺激される。
知らない間に教科書のページ数が進んでいるのにも驚くし、難しそうな因数分解が山瀬の解説したように数を当てはめると、スラスラ解ける…楽しい!
中学時代は、数学にあまり興味は持てなかったけど、今は好きになりつつある。
(悔しいけど、山瀬のおかげかも…)
山瀬はとっつきにくい印象なのに、なぜかみんなから「やませーん」と慕われる不思議な先生だ。
でも特に、女子に人気があって。
「ねーやませーん。ここ教えてー」
と授業終わりに、声をかけられているのをよく見る。
図書室のあの女子も、その延長線上でまとわりついていたのかも…。
メガネをかけていて…怖いから、私は近寄らないようにしてるけれど。
本当は私だって…教えてもらいたい。
ココの数式、どうやってもわからないんだよな。
渓はノートを指でなぞる。
…クラスメイトで聞ける人もいないし。
先生本人に聞くのが一番だけど…。
教室や職員室で聞いたら、あの子も山瀬狙い?とか思われそうで…。
……。
「渓ー!! 何やっとるの? 先に食べるよ」
下のリビングから、母親の怒った声が聞こえてきた。
「……ふう」
渓は部屋の電灯を消して、リビングに降りていった。
「学校の勉強は楽しいか?」
夕飯の食卓を囲んでいると、父親の武が聞いてきた。
…次女が県で一番の進学校に入った!と周りに自慢しているらしい。
「…まあまあ、かな」
「GW明けに、オリエンテーションの旅行あるよね?」
こちらは母親の華絵。
「……うん」
(心底行きたくないけど……)
「…一泊だし、まあ気楽にな」
嫌だなぁと思ってる気持ちが、透けて見えたのか、母親がフォローらしきことを言ってくれる。
ほんの少し気持ちが凪いだ。
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