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「涼も、来年は林間学校よね」
「ミルキーも連れていきたい」
アハハ…と笑い声が起きる。
(いや……私もミルキーと一緒なら、と一瞬思ったけどね)
渓は黙っていたが、ひそかに涼に同意する。
柴犬のミルキーは、鎌田家のアイドル。
彼女のモフモフと肉球は、最高の癒しをもたらしてくれる。
片目で、リビングの隅にいるミルキーを見る。
今は骨のオモチャを相手に、ガジガジ噛みついて遊んでいる。
(ああ……可愛い~! みんながリビングからいなくなってから、思いきり可愛がろう…!)と思って、はた…と気づく。
「……お姉は?」
「今日も残業なんよ…」
と華絵がため息をつく。
「若い娘をこんな夜遅くまで働かせやがって。パティスリーアサダなんてとんだブラック企業だな。さっさと辞めさせろ!」
武が怒りながら言った。
「私もそう思って、何回も言っとるよ。だけど澪本人が辞めたくない!って言っとるんだから無理よ」
「体調崩す前にどうにかしないと」
「だったら武が言って。澪は弱そうに見えるけど、なんだかんだ頑固よ。一度こうと決めたら曲げなくて」
「ああ、自分を追い込むドMタイプだ。華絵に似たんだな」
「私はドMじゃない! …あ、でも」
と言って、武の顔を見て顔を赤らめる。
「…………おい」
なんて、きわどい会話……。
この夫婦はいつもそうだ。
小学男子がいるんだから、イチャつかないでほしい。
母親には天然ボケが入っており、その性質はもれなく姉に引き継がれた。
そしてその性質を、どうしようもない、と口では言いながらも、愛してやまない父親。
かやの外の涼は、まったく気づいておらず、シューマイを頬張っている。
照れに照れていた母親が気を取り直して。
「それより渓。明日の朝、車乗っていかない?」
高校が、母親の会社の通勤経路の途中にあるから、朝はたまに車に同乗させてもらう。
車の中では、お互いに何を話すわけでもなく、ただラジオを聞いているだけ。
特別好きなわけでもないけれど、嫌でもないひとときの空間。
ただ…。
「うん、そうする」
私がそう言ったときに、母親がうれしそうに笑う顔を見るのは、
……ちょっと好き。
私の高校生活を根掘り葉掘り聞いてこないのは気を使っているから?
たとえそうであっても。
わが家族は、図書室のように居心地いい場所であるのは確かだ。
渓は、残り1つになったシューマイを口に入れた。
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