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私のフォーマルハウト
夏休みだけ、と言っていた缶詰工場のバイトだったが、2学期も続けることになった。
父の武には渋い顔をされたけれど、母の華絵は「やっぱり私の娘だね」と嬉しそうだ。
パートのおばさんたちにも認められて、世間話もする関係になれた。
中学時代は人間関係がこじれてしまい、学校に行けない時期が数ヶ月あったけれど…。
少しずつ社交性が生まれてきたかな、と思いはじめた今日この頃である。
だから、深雪から文化祭で民俗学研究会の手伝いをしてほしいと言われたときも、「OK!」と即答するつもりでいた。
「それがさあ、天文部と教室が一緒なんだよね」
「……天文部…」
小さくつぶやいた渓を、深雪がチラッと見る。
「須藤姉妹がいるからイヤかな?」
「う、ううん! そんなことない!」
(手伝いたいよ!)
「パネル作りも一応手伝ってもらうけど、渓が興味あるのでいいよ。テーマは妖怪なんだけどさ。ふう……」
深雪が眉をしかめながら、頭を抱える。
あまり乗り気じゃなさそうだ。
深雪には悪いけれど、渓は妖怪と聞いてワクワクが止まらない。
それだったら、今読んでいる野尻抱影の「星の伝説」に出てくるメデューサはどうだろう。髪は蛇で、睨まれると石になっちゃうっていう怪物。うー!ペルセウスの伝説含めて書きたいー!
……それに天文部と一緒ならば、山センと、会う機会が増えるかもしれない。
そう思うと、胸がトクン…と高鳴る。
唯一交流が持てた数学の授業後の質疑応答は、他の生徒たちがどんどんと質問するようになってしまい、しばらくお預けになっていた。
(ここんとこ、山センと全然話してない…。タヌキとも言われてない。いや…呼ばれたいわけじゃないんだけど)
天文部だったら…。
もっと頻繁に話もできるのに…。
山センに断られてしまったので為す術がない。
(まさか、嫌われたりしてないよね……)
渓は、軽くため息をついた。
そんな渓を、目で追っているのは吉岡だ。
「……っ!」
席から立ち上がりかけたとき。
「吉岡ー! 行くぞ」
廊下から声がかかった。
「…おう」
足を止めて方向転換しながらも、渓のほうを見る。
サッカー部の練習のため、教室から出ていった。
渓はその視線に気づくことなく。
(山セン……)と考え続ける。
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