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渓は白い模造紙に、ペルセウスの伝説を書き写す。
イラストは、姉の澪に頼みたいところだが、仕事で毎日疲れきっている姿を見ているのと、甘えてばかりじゃいけないな、という気持ちから、自分で描いてみることにした。
「へー、アンドロメダ…って古代エチオピアのお姫様なんだね」
深雪がのぞきこんで話しかけてきた。
「うん。母親の王妃カシオペア、父親の国王ケフェウスも星座だよ。化けくじらティアマトへの人身御供で海岸の岩場に縛りつけられるんだけど。あわや、というところで駆けつけてくれるのがメデューサ退治を終えたばかりのペルセウス。秋の夜空はこの物語が広がってるの」
「へー…」
深雪が口を開けて、感心したように相づちをうってくれる。
おっ、と。いけない。
ウンチクを語りすぎてしまった。
しかも……
「メデューサが主役なのにごめん……」
メデューサよりも、ペルセウスの活躍のほうが記事スペースが大きくなってしまっている。
「いや、私も……妖怪の人魚より、人魚姫ばっか書いてる」
深雪が舌をペロッと出して笑う。
「こういうのって性格出るよね。山センも意外や意外、ちゃんと書いてるよ」
「……山センも書いてるの?」
渓がポカンとする。
「そりゃ、天文部の人数足りないし……ねぇ」
須藤瑛茉と環菜姉妹は、準備作業を手伝う、いや来る気配すらなかった。
まあ、来ないほうがいいけれど。
「…見たいな」
「あ、あるよ」
深雪は教卓の隅にあった、巻かれた模造紙の中から1枚の紙を抜き取って、くるくると延ばして見せてくれる。
『星座早見盤の見方』
星座の位置を知るための入門と言ったところか。
日付や時刻を合わせる。
月は星座とは違う動き方をするため載っていない。
など、わかりやすく書かれている。
渓はデジャブに襲われる。
確か……前にも同じような…展示を見たことがあった……。
後ろの扉が開いて。
「小津」と声が聞こえる。
(このバリトンボイスは…)
渓は振り向く。
山瀬が立っていた。
渓に気付いて一瞬、瞳が揺れる。
「なんで鎌田が…いるんだ?」
(何、その言い方……居ちゃダメなの?)
胸がチクッとする。
「私が手伝ってほしいって言ったんです」
深雪がとりなして言う。
「そういうことか」
「……」
渓はプイッと顔を背ける。
私は会えて嬉しいのに…。
なんか今、すごく嫌そうだった…。
「てか、なんで俺の見てるんだよ!」
山瀬がやってくる。
とそのとき、渓は…ふっと突然思い出した。
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