私のフォーマルハウト

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(吉岡くん…優しいな) 深雪が、彼を好きになるのもわかる気がする。 深雪は一生懸命隠そうとしてるけれど、会話や態度の端々から…吉岡くんを想っていることが伝わってくる。 …ずっと、昔から吉岡くんだけを想ってきていたのだろう。 渓が空を見上げると、 ふっ…と吹いたら飛んでしまいそうな、小さな点が見えた。 星…? 違う、あれは飛行機だ。 東の方へ平行に流れていった。 秋の夜空は霞がかってボンヤリとしていて、なかなか星が見られない。 だけどその中で唯一、一等星がある。 「秋のひとつ星」と呼ばれるフォーマルハウトだ。 地球から25光年先にある恒星で、太陽よりもはるかに高温らしい。 もうすぐ南の空に表れるだろう。 寂しい秋の空に、1つポツンと輝く星…。 プラネタリウムでは、フォーマルハウトが解説されるだろうか。 ……山センは、来るのかな。 プラネタリウムと言ったときの…あの嬉しそうな顔……。 彼女さんとの幸せな想い出がたくさんあるに違いない。 ……痛い。 渓は胸を押さえた。 いつか見た「星野つばさ」さんの顔写真が脳裏に浮かぶ。 2人はどんなふうに気持ちを伝えあって彼氏彼女になったんだろう? 山センから…好きになったのかな。 ……私だって。 学校の先生と生徒という立場でなく、出会いたかったよ…。 そうすればもっと気軽に「好き」って言えたかもしれないのに。 最初はただ、また一緒に星が見たいな、と思っていた。 オリエンテーションのあの夜…。 助けにきてくれたときみたいに…。 初めてだったんだ。 父親以外とあんなに密着して、たくさん話したの。 だから、天文部に入部したかったのに。 山センに断られた。 嫌われてるのかもしれない。 迷惑なのかもしれない。 だけど、目をこらしてでも、追いかけてでも見つけたくなる。 山センが好きなのだ、と。 …認める。 人を好きになるって、楽しいことだけじゃない。 こんなに、胸がちぎれそうになるくらい痛い想いをするんだね…。 バレンタインのチョコみたいに、間接的に気持ちを伝える方法があればいいのに…。 そうしたら、私は……山センに。 気がつくと、渓は駅に着いていた。 無心になって歩いてきたらしい。 改札を通る前に、振り返って夜空を見上げると雲が出てきてしまい、月すらも見えなくなっていた。
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