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何もない平原を進む少女がいた。 強い陽射しを拒否するつばの広い帽子を被り、さらにはマントを羽織っている金髪碧眼の少女――シエルは、足を止めて大きく息を吐く。 シエルの視線の先には町があった。 「ふぅ、ようやく見えてきたよぉ。今夜こそベッドで寝られそうだね」 シエルは笑みを浮かべ、疲れた体を奮い立たせ、再び歩を進めて町を目指した。 彼女の背負う荷物の中には、ヴァイオリンや竪琴、さらにはホルン、リュート、プロヴァンス太鼓などがあり、かなり重たそう。 荷物が楽器ばかりということからわかるが、シエルは吟遊詩人であり、とある旅芸人一座の団員だ。 その名もアリス一座といい、団長のアリス(彼女は手品師でもある)率いる旅芸人の集まりで、吟遊詩人であるシエルの他にも、大道芸人、踊り子、猛獣使い、道化師などがおり、幅広い芸を国中で披露して回っていた。 そんなシエルは仲間の大道芸人と町で合流し、その後に団長と団員たちがいる王都へ向かう予定になっていた。 「なんか寂しいとこだなぁ。人っ子一人歩いてない……」 柵もなかったので治安は良いのだろうと、シエルは町に入ったが、外には誰もいなかった。 建物の中から人の気配はするのだが、どの家や店も窓まで締め切っていて、まるで何かに警戒しているようだ。 よそ者に冷たい町なのかなと思いながら、シエルは町の中を進み、泊まれる宿を探すことにする。 しかし、歩き続けても空いている宿はなかった。 より正確にいえば、宿屋の看板はいくつかあったのだが、どうしてだがどこも閉まっていたのだ。 これは(やまい)でも流行っているのか? 町の状況を考えようとしたシエルだったが、旅の疲れと空腹で、とても頭が働かなかった。 「やっと着いたのに、まさか今夜も野宿かなぁ……。うぅ……食料も尽きちゃったから、どこかで買わないと飢え死にしちゃうよぉ……」 ついには荷物を置き、動けなくなってしまったシエル。 彼女は、地面にお尻をつけて両膝を抱え、鳴り始めた腹の音を聞くことしかできなくなった。 このまま名もなき町で飢え死にするのか。 まあ、吟遊詩人となったときからベッドで死ねるなんて思ってなかったがと、シエルが乾いた笑みを浮かべていると――。 「おい、シエル。こんなとこで何してんだ?」 彼女にとって聞き慣れた声が、耳に入ってきた。 シエルが顔を上げると、そこにはネコの姿をした者が立っていた。 全身が真っ黒な毛で覆われ、頭にはネコ耳、顔にはヒゲ、手には肉球と、どこをどう見てもネコだ。 まさかここは人間のように喋り、動くネコがいる町なのかと、シエルは空いた口が塞がらなくなっていた。 「オレだよ、オレ。グラントだよ」 「え……えぇぇぇッ!? グラント!? ちょっとなんでネコになっちゃったの!?」 グラントは、シエルがこの町で合流することになっていたアリス一座の団員――大道芸人の青年だ。 だが今はどうしてだが、彼はネコの姿になってしまっていた。 仕草や声などは、人間だったときのグラントのままだが、一体どうしてこんなことになってしまったのか。 すでに思考が定まらないシエルが固まっていると、グラントは彼女の荷物をその小さなネコの体で背負い、声をかける。 「とりあえずメシでも食って落ち着こうぜ。説明はそれからだ」 シエルは何か食べられるか聞くと、ハッと我に返り、先を歩いていくグラントの後についていった。 それからシエルは、グラントが泊めてもらっている家へと入った。 家には白い老ネコと、子どもの白ネコがいた。 移動中に聞いたグラントの話によると、老ネコは町医者で、子どものほうはその孫らしい。 なんでもグラントが町に着いて泊まれるところがなく、適当に町中で野宿していたところ、町医者の老ネコが声をかけてくれたようだ。 「おまえさんの仲間かね? なら、うちに泊まっていくといい。今やこの町の者らは、誰とも会いたくないだろうからな」 町医者の老ネコはそう言いながら、スープの入った鍋とパンをシエルの前にあるテーブルに置いた。 シエルが目を輝かせながら、それに手をつけようとすると、グラントが彼女を止める。 「おい、待てって! スープは食うなよ!」 「なんでよ!? こっちは腹ペコで死にそうなんだから食べさせてよ!」 失礼は百も承知で食べようとしているのはわかっている。 それでも、これまでろくなものを食べていなかった人間の目の前に、いきなり出来立ての料理を出せばこうもなるだろうと、シエルは仲間や町医者がネコになっていることさえ忘れて食べようとした。 だが、次にグラントの口にした言葉で、彼女の動きが止まった。 その言葉とは――。 「スープを食ったらおまえもネコになっちうまんだよ!」
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