1. 回想

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1. 回想

「なぁ、(りつ)。もし俺が先に死んだら――……」  まさか本当に、こんなことになるなんて。  手の中の写真は、いつの間にか端がくしゃくしゃになってしまった。どんな時でもヘラヘラと笑っている、ナルはそういう奴だった。そういうところが好きだった。だから俺は、あの日の約束を果たすために、その笑顔をゆっくりと引き裂いていく。 ◇◇◇  鳴滝(ナル)と俺は、小六と中三、それから高三の時に同じクラスだった。学生の頃は仲がよかったわけじゃない。顔と名前は当然知っている。何となく家のある方角も知っている。親同士の面識もある。それでいて、何かの係で一緒になればようやく口をきく程度の関係性だった。  その関係が一変したのは、大学院卒業後、就職のために上京して二年目の春。会社の人と訪れた居酒屋で、たまたま隣のテーブルにナルがいたのだ。陸上部の練習で年中日焼けしていた肌はすっかり白くなり、短かった黒髪は少し伸びて緩いウェーブが掛かっていて、始めはそれがあいつだと気が付かなかった。でも、笑った時に首の後ろを掻く癖に見覚えがあって、目が合った瞬間の驚いた表情で確信した。成人式以来、六年ぶりの再会だった。  その日は懐かしさに導かれるように連絡先を交換しただけだったけど、ナルの働く設計事務所と俺の住むマンションが近いことがわかると、あいつは頻繁にうちに来るようになった。ナルの勤務先は、日付が変わっても続く残業や強制参加の飲み会の多い、時代錯誤のところだった。疲れた顔して「ごめん、泊めて」と笑うあいつを玄関先で追い返すことなんてできなかった。  偶然の再会から数ヶ月後。眠っている時に温かな気配を感じて目を開けると、照れたように笑って首の後ろを掻くあいつが俺を見下ろしていた。「寝顔が可愛くて」と悪びれもせず言うところ、素直で強引で決めたことはやり通す性格、昔はそれが少し苦手だったと思い出したのは、指先に触れる熱がなければ眠れなくなってからのこと。ナルは「お互い地元が割れてると安心感がある」なんて怪しげなことを言っていたけど、その言葉だけで全てを受け入れてしまうくらい、あの頃の俺はあいつに惹かれていた。  それから約一年間。ナルが突然、設計事務所を辞めて地元へ帰ると言い出すまでの間、俺はあいつの笑顔ばかり見ていた。公私の境の曖昧な仕事が心身の負担になっていることも、持病を抱えて早期退職した親父さんや、お祖母(ばあ)さんの介護に通うお袋さんを心配していることも、何もかも知っていたけど、見て見ぬふりをしていた。部外者が出しゃばるべきじゃないと言えば正論のようだけど、俺はその重荷を背負うのがただ怖かった。「俺じゃ孫の顔見せられないから」なんて言われてしまうと尚更だ。  あの時の俺には、愛のために何かを犠牲に差し出す勇気がなかったんだ。
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