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3. 日常
ナルのいない日常は、既にもう当たり前のものになっている。
三日に一度は俺の部屋に来ていたナルが急に地元へ帰ると言い出したのは、あいつがそれを実行する前日だった。その計画について一言も話してくれなかったことに俺が腹を立てて、結局そのまま喧嘩するように別れてしまった。そのことを後悔はしていたものの、覆しようのない現実は受け入れるしかなくて、気が付けば何事もないように過ごしていた。
今回だってそうだ。ナルは死んだ。俺の知らないところで、俺の知らない人に囲まれて死んだ。今さら俺があいつことで喚くのはお門違いも甚だしい。唯一俺に許されていたこと、つまり生前の約束は果たした。これでケジメがついたってもの。
晴れやかな気分だった。ナルは死んだ。死んだんだ。
相変わらず仕事は順調。元々、繁忙期やトラブルとはほとんど無縁の穏やかな職場だ。今日も定時前には日報を書き上げ、ぼんやりと明日のスケジュールを確認するくらい余裕のある一日だった。
「あー、並木君。ちょっと、いいかな?」
課長に声を掛けられ、すぐそこの会議室へ来るよう指で示される。メモを取るためノートパソコンを持とうとすれば、首を横に振られたから手ぶらで向かう。
「……これは並木君だけじゃなくて、皆に聞いてることなんだけど」
がらんとした会議室の端で、並んで腰かけるよう俺を促しながら、課長は話しにくそうに僅かに眉を顰めた。
「最近、何か困ってることっていうか、悩みがあったりする?」
「……悩みですか?」
あるはずもない。皆に聞いているというのは嘘だろうが、一体何のことを言っているんだろう。俺、何かやらかしたのかな。
「特にありませんが」
「……最近、ほら。つらいことがあったんでしょ? プライベートなことに口を挟むつもりはないんだけど、必要なら明日からでも、何日間かまとまった休みを取ってもいいし……」
あぁ、なんだ。そのことか。亡くなった友人にお線香をあげるため有給を取って地元へ帰ろうかと、チームリーダーに世間話程度に相談していたことが課長にまで伝わっているらしい。
「あぁ、それなら、もう済ませました。有給も必要なくなったので。大丈夫です」
「……えっ? もう?」
俺の答えに課長は大げさに驚いて見せた。
「済ませたって、並木君の地元は確か……」
「すみません。もう定時なので、単刀直入にお話いただけませんか?」
早く帰りたい。やらなければいけないことがまだまだあるから。地元へ帰る必要はないけど、取ってもいいと言うなら本当に長期休暇を取ってやろうか。
「……いや、あのね。最近少しぼんやりしているようだから。ミスも増えてるし」
「はぁ」
早く帰りたい。俺にはやることがあるんだ。
「責めるつもりは全くないんだよ。ダブルチェックで防げているから今のところ問題はないし。でも、以前はこうじゃなかっただろ?」
早く帰らなきゃ。
「チームの皆も心配してるから。もしも悩んでいることがあれば、僕じゃなくても、だれかしんらいできるヒトニ――……」
ナルが帰ってくる前に。
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