4. 再会

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4. 再会

 空気が籠っていては気分が悪くなる。窓を開けてベランダに出てみると、懐かしい思い出が次から次へと浮かんできた。花火の音がするからと慌ててベランダに出たのに何も見えなかったこと、舞い込んだ桜の花びらを捕まえようと飛び跳ねてはしゃいだこと、手すりに薄く積もった雪で雪だるまを作ろうとしたこと、朝一番に窓を開けて長袖を着るか半袖を着るかで揉めたこと。この場所は、ナルとの記憶が色濃く残りすぎている。  一年前にナルがいなくなった後、俺もすぐにこの部屋を引き払って、あいつに関するものは全て処分した。何か一つでも手元に残しておくと思い出して腹が立つから、何もかも捨ててしまっている。大切なものは、全てなくなってしまっていた。  だから、ナルの家族からあの写真と絵しりとりを受け取った時は天命を得たような気分だった。ナルとの約束を果たせという天命を。  さっきまでこの部屋には知らない人が住んでいたけど、ちゃんと取り戻せてよかった。ナルが帰ってくるのに、ここじゃなきゃきっと迷ってしまうから。それに、ナルもこの部屋がいいと言っていた。内装が違うのは仕方がない。当時と全く同じにはできないし、ナルならこの状況も笑ってくれると思う。  きっともうすぐだ。もうすぐ、ここにナルが帰ってくる。  あぁ、早くナルの白い肌に触れたい。柔らかな髪を撫でてやりたい。もうどこにも行かなくていいんだよと言ってやりたい。ナルの居場所はここなんだって。朝も昼も夜もない世界で、伝えきれなかった気持ちを囁き続けたい。  ……――ひたひたと、水の音が聞こえる。  玄関ドアの隙間から透明な液体が染み出し、散らかった靴を濡らしていく。生温い夜風がピタリと止んで、冷たい土の匂いが流れ込む。あぁ、帰ってきたんだ。  手を伸ばすのと同時に、ドアノブがゆっくりと押し下げられる。この間作った傷跡がパックリと開いて赤い血が流れるが、痛みはない。目を背けたくなるような現実は、もうどこにもない。  今日も煌々と輝く月の光が、背後から俺を照らす。開いたドアの向こうにあるのはあの湖だ。底のない穴のような、あの湖がここまで広がってくる。その闇の中から、帰ってきたんだ。俺のナルが。俺の部屋に。俺の腕の中に。  帰ってきてくれたんだ。 「……おかえり、ナル」  月明かりに伸びる影が、ゆっくりと首の後ろを掻く。 「――――……」  この世にはもう、二人しかいない。大切なものは、この手で壊してしまったから。  愛してるよ。これからはずっと、一緒にいよう。 ◇◇◇  ”X日午前10時過ぎ、XX区内のマンションの一室で、この部屋の住人とみられる女性の遺体が発見されました。警察によると、室内には争った形跡があり、また遺体には首を絞められたような跡が残されていたことから、殺人事件として捜査が進められています。警察はマンションの防犯カメラに映る不審な男の行方を追っているほか、現場に残された血痕や泥のついた足跡などから、複数人が犯行に関わっている可能性が高いとみて近隣住民への聞き込みなどを行っています。” (了)
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