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序章
燃えさかる業火のなか、青蘭は逃げまどう。
生まれ育った屋敷は、今や地獄の様相だ。
炎が壁をつたい、うねりをあげて天井まで達する。
火の粉が降りそそぎ、黒煙があたりを包んだ。
(パパ。ママ。どこにいるの? 苦しいよ。助けて)
幼い足でかけまわるには、あまりにも危険に満ちていた。
生命を保つことが難しい状況だ。
まもなく屋敷がくずれおちることは目に見えている。
だが、わずか五歳の青蘭には、それらの判断ができない。
ただ泣いて、両親を呼ぶことしかできなかった。
今日は優しいお兄ちゃんが遊びに来てくれて、ちょっと前まで、みんな笑ってたのに、なんで、こんなことになったのだろう?
「パパ、ママ……」
助けてと叫ぼうとするが、声が出ない。
煙を吸いこんで、せきこんだ。
目がしみて涙が出てくる。
いや、涙はただ恐怖からあふれてくるのかもしれない。
(ママ……どこにいるの?)
ふらふらして、気が遠くなった。
ろうかの窓をあけようとしたが、手をかけたとたんに、皮膚が真っ赤になって焼けただれた。
炎が青蘭を襲う。
死という概念は、まだ青蘭にとって、おぼろなものだった。
ずっと前、いつのまにか飼い犬がいなくなったとき、「ジョンは死んだのよ」と、母が言っていた。そのていどのことしか知らない。
でも、知識としては知らなくてさえ、自分の現状が絶望的なものであることを、青蘭は本能的に悟った。
ジョンと同じように、自分も“いなくなる”のだと。
「痛いよ。怖いよ。ママ……ママ……」
火のついたカーテンが熱風にまかれて飛んできた。
必死にふりはらうが、またたくまに服や髪に燃えうつる。
(熱い。熱い。ぼく、死んじゃう。誰か——誰か助けて!)
青蘭の最後の記憶は体を焼かれる耐えがたい痛み。
そして——
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