第1章 母の記憶。

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第1章 母の記憶。

瀕死の状態である曹叡が見たものは、 今は亡き母親の甄貴…字は桜綾(ヨウリン)の見ていた絶望だけの世界…。 甄貴『私は愛する人と共に… 平穏無事な毎日を過ごしたいだけなのに…何故このような事に…?』 曹叡『母上?』 在りし日の甄貴にしては何だか若そうには見えましたが彼女には…曹叡…字は元沖の声が聞こえたようでしたが…何故か彼女は悲しげに顔を歪めたまま…その場からスッと消えました…。 曹叡『どうして朕の大切な人は朕の前から姿を消してしまうのだろうか?』 曹叡が悲しい気持ちのまま… 強く念じると曹叡はその場から 突然消えてしまいました。   曹叡『一体どうなっておるのだ?』 戸惑う曹叡ではありましたが、 何とそのまま…その身体は…  39年前の西暦200年07月07日に飛ばされてしまったのでございます。 曹叡『朕は一体どうなるのだ?』 曹叡が行ったこの日の鄴城では あるひと組の夫婦が 祝言を挙げていました…。 それは… 曹叡『母上?』 曹叡にとって今は亡き大切な母親に良く似た女性とその隣にいるのは… 袁熙「桜綾(ヨウリン)、雨が降りしきる中ではあるがそなたは雨に濡れると余計に美しさを際立たせる何よりも美しく気高い女性だな…」 袁紹「ふむ、さすがは我が家の龍よ。女性は立てねばならぬ…うんうん。 これも名族の血筋であればこそ…」 甄貴の隣に立つ素朴な顔をしている 男性の事も…2人を優しく?見守る 男性の事も曹叡は知りませんでした。 曹叡が首を傾げていると… 何やら後ろから不服そうな顔をしている男性が皆の元へ近づいて来ました。 それは… 田豊「…どうして軍師の私が殿の次男であられる中の若君と傾国の美女だか何だか知らぬがその奥方になられる方との婚礼の仕度をせねばならぬのだ?」 袁紹軍の軍師は5人程いるのですが その中でも飛び抜けて知識が深いため主である袁紹に対してもズバズバ物を言う軍師・田豊でした。 その田豊に詰め寄られてタジタジになっているのが袁紹軍では華雄のようだと揶揄されている力任せに戦をする将軍・文醜でした。 文醜「俺は…主とその御婦人には世話になっているので祝言の仕度くらい手伝ったとしても何ら問題ないと思いますが…」 文醜は顔良の妹である春燕(チュンイェン)との祝言に仲人として立ち会った袁紹とその妻である劉軫に感謝をしている事もあるので… 袁紹「さすがは文醜。主に逆らわぬその行い。素晴らしき事であるぞ。うむ、まさに従う者の鏡である。」   袁紹からは主従関係を弁えている事を評価されており絶賛されていました。 しかし…   それはどちらかと言えば… 主に対して遠慮という言葉を知らない 田豊に対しての牽制でもありました。 但し… 田豊の場合は牽制されようがお構いなしに世間での正答を口にするので… 田豊「軍師や将軍はいつか起きるであろう戦に備えるもので殿の小間使いではないと思いますが…。」 田豊がいつもと変わらず損得勘定抜きで思った事を口にすると… 袁紹「また始まった…。私は…田豊の説教が大嫌いなのだ…。お前は私への尊敬の念が極めて足りぬ…」 袁紹は分かりやすいくらいに嫌そうな顔をしていました。   しかし… 袁紹の隣でこちらも分かりやすいくらいに嫌そうな顔をしている女性がいました。 それは… 劉軫「田豊、そなたは我が君を愚弄するの?それにお祝い事の仕度を手伝えば自身にもお祝い事が起きるのよ…。ねぇ…我が君?」 袁紹と祝言を挙げ長らく経つものの 相変わらず旦那である袁紹を溺愛している端から見ると微笑ましい正妻・劉軫…字は蓮花(リェンファ)でした。 文醜「奥方様は誰よりも殿をお慕い申されており端から見ても実に微笑ましいと思っておりまする…」 しかし… 文醜は武だけを極めており誰かを よいしょするのはあまり得意ではないためどうやら袁紹の地雷を知らぬ内に踏んでしまったようでした。   袁紹「どこが微笑ましいのだ? 私は名族の出であるのに此奴の嫉妬心が煩すぎて面倒を極めておるのに…」 袁紹の顔は見る見る内に 歪んでいきました。 但し… 劉軫「文醜殿は私がどれ程我が君をお慕いしているか理解して下さっているのですね…私、とっても嬉しいです。」 劉軫受けはかなり良かったようで 苦虫をかみつぶしたような顔をしている袁紹の隣で劉軫だけは終始…ニコニコしていました。 袁紹「…おい…!私からするとあまり嬉しくはないのだが何故そのような緊張感など欠片もないような顔が出来るのだ?」 ちなみに劉軫が暴走するのは… 誰よりも愛しき袁紹から「おい」だの「此奴」だの「なぁ」だの呼ばれてしまう事により袁紹からの愛を感じきれないからなのですが… 劉軫「私は…おいでも 此奴でもございませぬ… 私は名族である我が君に相応しく… 後漢王朝の頂点に長らく君臨している劉家から嫁いで来たのですよ?」 劉軫は劉協〈=献帝〉とは遠戚関係ではあるのでそれは劉軫にしてみると自慢出来る部分ではありましたが… 袁紹「…今の天子などお飾りと申しても過言ではないのに劉家など過去の栄光に捕らわれた時代遅れの家ではないか?此奴と来たら…」 袁紹の言う通りと言うのは… 癪に障る箇所が多々ありますが… 実際のところ、今の天子である献帝は 権力者達の傀儡に過ぎず何の力も持ってはいませんでした。 なので… 劉軫「小龍、妻をおいとかなぁとか此奴などと呼んではなりませんよ?」 劉軫は袁紹に対して文句が言いやすいところを突く事にしました。 袁紹「まぁ…それは…ともかくとして…小龍は傾国の美女を妻に迎えたのだ…。これは我が家の誇りと申しても過言ではないのだぞ…」 いつもなら地味過ぎると字すら口にしないはずの袁紹がいきなり袁熙の事を誉め出して何とか話を変えようとしました…。  すると… 許攸「殿、珍しい事もあるものですね。しかし…祝言とはお目出たいものでございますね。と…言う訳で何か頂けるものはございませぬか?」 袁紹「あるか、バカ者!祝言の祝いとは普通参加する者達が持ち込むものであると言うのは一般常識であるぞ?」 袁紹軍の中でもずば抜けてお金が大好きな袁紹と曹操の幼なじみである許攸が現れました。 許攸「殿の今日があるのは誰のお陰ですか?この私がいつも正しい事を進言しているからではないのですか?」 袁熙が袁紹の息子の中で最も目立たず地味な立ち位置にいるのは…袁紹軍の主従関係についてあれこれ口にせずマイペースでいるからでした。 現に… 袁熙「父上から誉めて頂けるなんて… 幸せ過ぎるくらい幸せでございます。 しかし…俺も…桜綾から選んで貰えるなんて思いもしませんでした…」 袁熙は袁紹が許攸と何やら激しい言い合いをしているその側で愛しき甄貴を 耳まで真っ赤に染めながら見つめておりました。   袁紹「私は今それどころではない! おい!全くどんな躾をしたのだ?」 劉軫「許攸殿の素行が悪いのを知りながら仕える事を許可したのは我が君ではありませぬか?それにおいではありませぬ!私と小龍に八つ当たりをするのは…お止め下さりませ…」 賑やかな袁紹軍の中に佇む曹叡は、 この若干…ではないくらいズレている袁熙を感慨深げに見つめていました。 曹叡『もしかして この人が朕の父親なのか…?』 しかし… 劉軫「それはともかくとして… 私の字は蓮花(リェンファ)で なぁなどという名前ではありませぬ…なぁだなんてあんまりです…。」 こちらもある意味ではマイペースで 自分が1番可愛いと思い込んでいる 劉軫が改めて袁紹への文句を口にしました…。 すると… 許攸と激しい言い合いをしていた袁紹が何やら疲れた顔をしながら… 袁紹「どいつもこいつも自分の事ばかり…。私は許攸と言い合いをして疲れたと言うのに…!そなたなど…なぁ…かおい…で構わぬ。今更、蓮花(リェンファ)などと字で呼べるはずがなかろう…何ならおい…なぁ?などと呼ぶのはどうだろうか?」 袁紹を溺愛している劉軫は、 名前で呼ばれたい気持ちが暴走して 大音量で叫び倒す場合がありますので嫌な予感がした許攸が… 許攸「…では私はこれで失礼します。」 一足早くその場を去った次の瞬間 劉軫「我が君の馬鹿!」 怒り狂った劉軫が渾身の力を込めて 叫び倒すと… 袁紹「私の耳を…壊す気か…? 私の鼓膜が悲鳴を上げておるではないか?」 言わずもがな… 袁紹の耳では暫しの間… 〈キーン!〉 重低音の耳鳴りが 響き続けていました。 袁紹「この愚か者が…!」 袁紹が劉軫に対して文句を口にしていると袁熙はようやくこの事態を把握したようで… 袁熙「桜綾、すまない…。 父と母は、大体いつもこんな感じなので決して喧嘩をしている訳ではないのだ…」 甄貴に対して懸命に状況説明をしましたがこれには皆が小首を傾げました。 袁尚「これが喧嘩じゃなければ… 一体何だと言うのですか?兄上…」 袁紹が溺愛していて自身の諱と読み方の同じ尚の字を与えた袁尚…字は顕甫が皆の頭に浮かんだ疑問を口にしましたがどうやらこちらも鈍感?マイペースな甄貴は… 甄貴「私も我が君と末永く仲良く過ごしたいと思っております。」 こちらもあまり大事とは捕らえていない様子でおっとりとした笑みを浮かべていました…。 どこまでも似ているこの夫婦ではありますが母とは違いおっとりとしている傾国の美女に対してあきれつつも淡い恋心を抱いた袁尚でしたが… 袁尚「母上の耳鳴り口撃はものすごい破壊力ですから決してお勧めしませんよ…」 言うべき事は言わねばと思ったのか 母親の耳鳴り口撃がどれ程凄まじいのか突然説明を始めました。 袁紹「顕甫の申す通りよ、これの破壊力は凄まじいものがあるのだ…!」 未だに耳を押さえながら話す袁紹の 劉軫に対する苦情はさておき… マイペースを極めた甄貴の夫となったのは袁熙…字は小龍(シァォロン)。 袁紹と劉軫の間に産まれた次男で 年齢は甄貴より4歳上の21歳。 性格は… 袁熙「傾国の美女と呼ばれる桜綾がまさか俺に惚れるだなんて…奇跡としか言い様がありませぬ…」 家の名声ばかりを頼りにしている袁紹と自分ばかりが1番の劉軫とは違い… 審配「我が君は控えめで地に足のついた堅実な性格をおられますなぁ…。」 変化を嫌う審配と郭図が仕官を明言する程控えめで堅実な性格をしてはいるのですが… 袁紹「堅実だと言えば聞こえは良いが 地味でのんびり屋の間違いだ…!」 袁紹はマイペースを極めた袁熙の事が息子達の中で1番気に入らないらしく ましてや… 1番地味な割に…傾国の美女との呼び声が高く年頃になると溢れるくらい恋文が届いていた甄貴…字は桜綾(ヨウリン)と祝言を挙げる事が出来たという事も十分気に入らないのですが… それに加えて… 甄貴「奇跡だなんて我が君の仁徳あればこそにございます…」 袁熙「桜綾」 2人で自分達の世界を創り出すところがどうやら1番嫌いなところでした。 但し… 恋敵(ライバル)は意外なところにいるものでございまして… 袁尚「義姉上(あねうえ)様とは一応口には致しますが我らは同い年ですよ…それに義姉上はおっとりとしておられますから私と一緒になるべきだったのではありませんか?」 袁紹の三男であり甄貴とは同い年ではあるものの義弟となる事となった袁尚…字は顕甫は極めて不服そうな顔をしていました。 袁熙「顕甫が我慢してくれたお陰で… 今の幸せがあるのだから俺は顕甫に感謝しても足りないくらい感謝しているんだ…。」 言葉と態度で甄貴に対する想いを感じとった袁熙はいつもより丁寧に言葉を選びながら弟に声を掛けました。 すると… 袁尚は目をキラキラ…どころか 目をギラギラさせながら… 袁尚「だったら… 義姉上は兄上にお譲りしますので… 万一家督の話になった時はその権利を俺に譲って下され。」 まだ健在な袁紹を捕まえて 死んだ後の事を口にするので… さすがに息子の中では袁尚の事を 1番溺愛している袁紹ではあるのですがこれには… 袁紹「…縁起が悪いではないか?顕甫、兄が祝言を挙げた日にそのような話をするでないわ!それに…儂はまだあちらには逝かぬぞ…」 縁起が悪いと怒りを露わにしたのですが常にマイペースである袁熙とは違い都合の悪い時だけマイペースになる 袁尚は、 袁尚「俺も早く 誰かと祝言を挙げたいなぁ…」 独りだけ気持ちを盛り上げながら 何故か東の空を眺めていました。 袁紹「我が家は戯け者ばかりか!?」 そんな袁尚を見ていた袁紹は、 口汚い言葉を遣って屋敷の者、 皆に対して文句を口にしていました。 しかし… マイペースを極めたある意味では お似合いなこちらの夫婦は… 袁熙「顕甫みたいな無邪気な子どもが 産まれたら俺はとても幸せだ…」 将来こんな感じの子どもが欲しいと、 まだ見ぬ未来に想いを馳せる袁熙と その隣で寄り添う甄貴は、 甄貴「私は我が君のような素敵で地に足のついた男性のようになって貰えたらそれこそとても幸せに感じます。」 最愛の人に似て素敵な男性になるようこちらもまた想いを馳せていました。 過去の世界に住まうまだ若き母には、 その姿は見えないものの…これ程、 愛を惜しみなく表現する甄貴を見た 曹叡から見ると… 曹叡『母上は本当に父上の事を愛しておられたのですね…』 甄貴の隣に寄り添う男性こそ 自身の父親だと確信を持ちました。 まだ若いものの曹叡の父親である袁熙は曹叡とは違いのんびり屋だったようで神経質になりつつある曹叡とはどこか違うようにも思えました。 曹叡が父親と自らを隔てる見えない壁のような存在に戸惑いを感じていると 袁紹が突然言いにくそうな顔をしながら話を切り出しました…。
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