第1章 母の記憶。

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甄貴「あの男は… なんと酷い事をするのだろうか?」 最愛の人がこの世から消えた証を 甄貴に見せつけたと思ったら… 甄貴「正妻だなんて形ばかりなのに… あの男が魅音や女王のところばかり通っている事を私が知らないはずないのに…」 甄貴はそれから3ヶ月後、 西暦211年04月01日。 突然産気づいて その場に座り込んでしまいました。 しかし… 甄貴「小龍様の子を懐妊した時は、 何より嬉しかったのに…何故…?」 宿った子には何の罪もないものの 憎い相手の子を宿した事により 甄貴の気分は(ふさ)ぐばかり… 飛龍「母上、如何なさいました?」 7歳になったばかりの飛龍は、 そんな母親である甄貴の事を とても案じておりました。 甄貴「飛龍、問題ありませんよ。 これは貴方の弟か妹が 母のお腹の中にいるからですよ。」 曹叡『もしかしてこれが朕?』 曹叡の勘は当たっており 飛龍は書類上ではありますが、 曹丕と甄貴の子になります。 しかし… 甄貴『あの男は私から全てを奪い… 小龍様に恋い焦がれる私の気持ちまで踏みにじった憎んでも憎んでも足りないくらい憎い男。』 強制的に夫婦となっただけで… 甄貴からすると幾ら憎んでも足りぬ程憎くて堪らない相手であるため、 今は亡き袁熙の字である小龍から龍のひと文字を貰って長男の幼名を飛龍と名付けたのでございます。 甄貴『小龍様を裏切りアイツの子を宿した私が出来る罪滅ぼしはこれくらいしかないのだから…』 袁熙を喪ってから全ての時計が止まったままの甄貴は… 西暦211年11月11日。 甄貴は曹丕との間に宿りし子を産み その子は女児でございました。 飛龍「可愛い…この子が妹ですか?」 産まれてからふた月程経過した 西暦212年01月11日。 甄貴は飛龍と共に初めて曹丕と自分との間に産まれた娘と逢いました。 玉風(ユーフォン)「若奥様、 お嬢様は御元気にお育ちですよ?」 飛龍に関しては自ら育てていた甄貴でしたが子に罪はないものの曹丕の血が半分流れている事もあり… 甄貴「ごめんなさいね、気持ちの整理がつかなくて侍女である貴女に子どもの世話を押しつけてしまうなんて…」 甄貴が鄴城へ嫁入りしてからずっと甄貴に仕えている玉風(ユーフォン)が乳母として曹丕との間に産まれた娘を育てていました…。 すると… 玉風「お嬢様が 笑顔をお見せになりました…。」 甄貴と玉風、飛龍を見ながら まだ幼い娘が笑みを浮かべました。 甄貴「万姫(ワンチェン)。」 甄貴は初めて娘と向き合い その名前を付けました…。 玉風「万姫様、良き名前ですわ。 若奥様…。小龍様の事を考えると悲しくて仕方ありませんが…万姫様には何の罪もありませんし…半分は若奥様と血の繫がった可愛いお嬢様ですわ…」 甄貴「そうね…」 甄貴と万姫、玉風、飛龍が 和やかな雰囲気のまま語り合っているまさにその頃… 許都にいる曹丕は何やら不穏な空気を醸し出しておりました…。 曹丕「桜綾はまだ元夫の事を… 想い続けていると申すか?私の想いを裏切り続けるとは…!」 秀鈴(シューリン)「人を想う気持ちは簡単に変えられるものではありませぬ…。若君も若奥様を想うのならば…気持ちに整理がつくまでお待ち下さりませ…」 秀鈴は曹丕から甄貴を見張るよう命じられた間者〈=スパイ〉なので甄貴の侍女として鄴城にいますが今は曹丕の元へ報告に来ていました。 それと… 秀鈴「暁明は若様の刺客ではありますが今は私の夫ですので…あまり…無慈悲な仕事を命じないで下さりませ…。」 間者と刺客が夫婦になる事など 極めて珍しい事ではありますが… 暁明に関しては郭鑾と同じ 良家の御曹子だった事もあり… 曹丕「没落しなければ暁明もこのような後ろ暗い仕事をしなくても良かったのだが…まぁ…生きる為には…」 秀鈴「あの人は心優しいので刺客の仕事をするには…色々と厳しいのです…。それ故、無理だけは…」 刺客の仕事を引き受けると暫しの間 引きずり続けてしまう事もあり秀鈴からすると案じられて仕方がないのと… 秀鈴「刺客は襲う相手から逆に返り討ちに遭わされる可能性もある危険な仕事ではありませんか…?」 命が常に危険と隣り合わせであるそんな仕事でもあるのと無茶な仕事ばかりを命じる曹丕の事がイマイチ信用出来ない事もあるため夫の事が心配で仕方がないのでした。 すると… 曹丕「秀鈴、もう良い。そなたは鄴城に戻り桜綾の動向をまた私に報告するが良い。それと戻る前に暁明を呼べ。」 秀鈴はその指示に恐怖すら感じましたが曹丕に逆らうと後が恐いので… 秀鈴「畏まりました。但し…あまり恐ろしい事はなさらないで下さいね。」 部屋を退出する時にも、 ひと言だけ声を掛ける事にしました。 曹丕「私に命令をするな、それは… 母上だけで十分である。」 こうして曹丕の部屋を退出した 秀鈴ではありますが… 鄴城へ戻る前に心配の種であり 大切な夫である暁明だけは声を 掛ける事にしました。 秀鈴「暁明、若君がお呼びだけど… 酷いことだけは絶対にしないで…」 すると… 暁明「俺はそんなに危ない奴じゃないしそれに…秀鈴の命ならば従うよ。」 ちなみに秀鈴と暁明の間には娘の凛風がいますが…両親共に秘密裏の仕事をしているため秀鈴の母親が国許で育てていました。 秀鈴「…そうね、貴方は刺客ではあるけれど女こどもには手を出さないし凛風に言えない事はしないと誓っているものね…」 秀鈴と暁明、2人は離れていても 凛風の事を思い出す事などないくらいずっと大切に思い考えていました。 暁明「俺も自尊心くらいは持っているしそんな残忍な男は家庭を持つべきではないだろう…?それに凛風に言えない事はしないと誓うのは秀鈴もだぞ。」 秀鈴は夫である暁明からの力強い返事を聞くと力強く頷きました。 暁明「鄴城に戻っても俺の事と凛風の事だけは忘れないでくれ。また若君に報告をする時逢えるのを楽しみにしているよ。じゃあまたな。」 しかし… 暁明『秀鈴には言い切ったものの… 我が君は嫉妬に狂うと何を命じられるか分かったものじゃない…』 それに… 暁明は秀鈴と祝言を挙げているものの 未練を残している人間がいました…。 それは… 郭鑾(かくらん)字は女王。 暁明の幼なじみではありますが、 郭鑾と暁明の家は没落し郭鑾は 曹丕に侍女として仕えています。 暁明は刺客として曹丕に仕えており その経緯で秀鈴と知り合い祝言を挙げてはいるものの… 暁明「女王の事は、 秀鈴と違う意味で好きなんだよな。」 秀鈴「暁明、何だか嫌な予感がするのだけれど…浮気は許さないわよ?」 秀鈴は何やら女の勘独特の胸騒ぎを覚えて暁明の元へ戻って来ました。 暁明「若奥様がお待ちだろう? 俺も若様がお待ちだからもう行くよ?」  秀鈴「そうね、では…またね。 信じているからね…暁明。」 暁明は(やま)しいところなんか全くありませんが刺客である以上…どんな命令が降るか分からず秀鈴の背中を少しだけビクビクしながら見送り… 首を長くして暁明を待ち構えている 曹丕の元へ慌てて向かいました。 すると… 曹丕「暁明、桜綾はどちらを産んだ? 姫か若か?」 曹丕は目を若干血走らせながら… 暁明に対して甄貴の産んだ子の性別を尋ねました。 暁明「そんなの俺が知るはずないです。それにもし赤子を暗殺せよと仰せならばさすがにお断りしますよ?」 刺客ではあるものの秀鈴と祝言を挙げる条件として女こどもに手は出さないという条件を出されている暁明は、 暁明「秀鈴からそれだけはしないで 欲しいと頼まれております故…」   主である曹丕に対してもそちらだけは譲るつもりなどないようでした…。 すると… 曹丕「暁明は秀鈴と出逢って変わりすぎなくらい変わってしまったのではないのか?忌み子〈=飛龍〉を暗殺して桜綾の中からあの男〈=袁熙〉の記憶を消して欲しいのだが…」 暁明はその次の瞬間、 サッと姿を消してしまいました。 曹丕「あれ?」 曹丕が暁明の居場所をキョロキョロしながら探していると… バシーン! 曹丕の頬に激しい痛みが走り 曹丕が右手で左の頬を押さえると… 目の前には頭から角を出した 曹丕らの母親である曹操の3番目の正妻であり曹丕の母親でもある卞夫人…字は明霞が… 卞夫人「子桓!」 ひと言でまとめると怒り心頭に発すというような状態になっていました。 曹丕「どうなさったのです?母上…」 曹丕が卞夫人の顔を覗き込もうと… 少し腰を落とすと バシーン! またもや曹丕は 卞夫人に頬を叩かれてしまいました。 卞夫人「子の誕生を暗殺に利用するなどそれでも貴方は人の子ですか?それもこれも…私の躾が悪かったせいね…。殿に対して申し訳ないわ…。」 曹丕にとって卞夫人は 厳しいばかりの母でした。 弟である曹彰、曹植、曹熊のような優しさなど1度も向けられた事のない相手でございました。 曹丕「母上は 私の事が嫌いなのですか?」 曹丕が思い切って尋ねると 卞夫人は鋭い視線を曹丕に向けながら…ため息混じりで… 卞夫人「殿は妻と元夫との間の子も我が子と同じく愛を持って接しておられるのに…貴方ときたら誰に似たのかしら?」 曹丕からの問いかけに対して 問いかけを返したのでございます。 すると…何やら不服そうな曹丕は、 曹丕「母上、問いに 問いを返さないで貰えますか?」 更に問いかけに問いかけで答え 更に問いかけを投げ掛けました。 すると… 卞夫人「自らのお腹を痛めて産んだ子を嫌う親がどこにおりましょうや?桜綾とて同じ想いだとは思わないのですか?」 卞夫人の場合は離縁した丁夫人に未練たらたらだった曹操の事をずっと見つめていた事もあるからこそ…好きな人の愛した人まで愛する努力をして今の地位を得たのでございます。 曹丕「…しかし…」 卞夫人「しかしもかかしもおかしもありません。貴方以外の人を桜綾が愛した事実は今更覆りませんし…。それを含めて愛す事が出来なければ貴方に人を愛する資格などありませぬ…」 曹丕「畏まりました…」 曹丕は卞夫人から言われた為、 桜綾との距離を縮めようと気まぐれに 鄴城を訪れました…。 甄貴「…何用ですか?」 明かりも付けず締め切った暗闇で 甄貴は泣きながら暮らしていました。 曹丕「フン、辛気くさいところでジメジメした空気を出すでないわ…」 溺愛を越え執着愛と言われてしまう程甄貴の事を気にしているはずなのに… 甄貴「私は甄貴と言う名前なので辛気くさいのかもしれません。で、 何用ですか?」 いざ甄貴を目の前にすると… 何だか無性に腹が立ってしまうようで 曹丕「もう良いわ!そなたのジメジメした空気が私にまで移るではないか?ちなみに母上が子の性別と名前を教えよと言うので聞きに来たまでだ。」 まさかの売り言葉に買い言葉の次は 家族が言っていた事を伝えに来た伝言ゲームのような状態に… 甄貴「姫で万姫(ワンチェン)と 名付けました事を義母上様にお伝え下さりませ。」 曹丕「ふん、なかなか良い名前ではないか?そなたみたいにジメジメした娘にならん事を切に願うわ…!」 曹丕は言いたい事だけ言うと 鄴城を一目散に去ってしまいました。 甄貴「どういうつもりかしら?」 甄貴は冷たすぎる曹丕の背中に向かってこのような問いを投げました。 しかし… その問いが曹丕に届く事はなく それから曹丕が2度と鄴城を訪れる事はありませんでした。
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