第一章【悲報】絶海の孤島で銃殺死体と毒殺死体がポップしたんだが【名探偵急募】

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〈現在⑤〉  桐渓たちが変死体となってしまった日の翌日の午前十時過ぎ、蒼介は割り当てられた客室にて雫由の話を聞いていた。  雫由の話というのは今回の事件の真相についてのものだ。苦手な推理に挑戦したものの成果らしい成果は何も挙げられずにいた蒼介に業を煮やしたのか、彼女は、「犯人がわかった」と相変わらずの無表情で告げてきたのだ。  その言葉を聞いた蒼介は、「へー、すごいじゃん」といった具合でほとんど真に受けなかった。自分を含めた大人数人が答えにたどり着けずにいる謎が、九歳の少女に解けるわけがないと考えたからだ。  とはいえ、以前から雫由のことは、小さいのに(さか)しいなぁ、と思っていたのも事実。何かのヒントにはなるかもしれない、と話を聞いてみることにした。  雫由が話しはじめると蒼介はすぐに真顔になった。言葉遣いは普段の彼女のままなのだが、まるで複数の有識者たちによる熱心な会議を経て導き出された結論であるかのような客観的かつ論理的な内容を語るその姿は、いつにも増して幼い少女には不釣り合いに思えた。  しかし、その推理は十分すぎるほどに当を得ていた。蒼介は静かに耳を傾けることを決めた。  そして、雫由の話は終わりを迎えた。一仕事終えた彼女は、ふぅ、と息をついた。  ううむ、と蒼介は内心でうなった。  録音した銃声によるアリバイトリック、改造した二酸化炭素消火設備、密室の理由、二足歩行ロボットによる捜査撹乱、そして犯人。  ハンパねぇわ。よくもまぁ昨日の今日でこんだけいろんなことに思い至るもんだ。しかも、そのすべてに納得できるだけの根拠がある──蒼介は心の底から感心した。  が、不意に不審の心が湧いてきた。本当に雫由が推理したのだろうか? と。  つーか、二酸化炭素消火設備のことなんてどこで知ったんだ? アリバイトリックについてはネットで見たか、アニメなりドラマなりで登場していたとしたら雫由が知っててもおかしくはないが……いや、それにしたって小学校中学年の子が、初めて遭遇した現実の殺人事件でその知識を使いこなせるか? しかも極めて論理的に。……無理じゃねぇか?   蒼介は小学校三年生のころの自分を思い返してみた。学校で騒いだり友達とゲームしたり宿題を忘れて怒られたり、など、元気のあり余っているわんぱく坊主そのものだったように思う。冷静とか論理的とか、そういったものとは無縁だった。  少なくとも当時の俺には、雫由のように淡々と理屈を積み重ねて殺人事件の推理をするなんて絶対に不可能だ──蒼介はそう結論付けた。  そういうわけで、 「本当に雫由が一人で考えたのか? ほかの人──例えば凛香子さんとか甘露とかと一緒に考えたんじゃなくて」と尋ねた。  雫由ではないが、現実的に考えるならば大人の助け、悪い言い方をすれば入れ知恵があったのではないだろうか。そうだとすると大人の思惑が潜んでいるということになる。善意であればいいが、悪意ならば見過ごすべきではないだろう──蒼介はこのように考えている。  他方、疑ってすまん、と思う気持ちもある。不機嫌にさせてしまったら謝るしかないよな、と心でつぶやく。  しかし、疑われたにもかかわらず雫由は怒る様子は見せずに、 「わたし一人で推理した」  と静かな口調で答えた。 「……マジで?」 「うん」  雫由は、ポーカーフェイスすぎて嘘をついているのかそうでないのかの判断が非常に難しい。 「……」蒼介は何と言ったらいいかわからず沈黙してしまった。  そんな蒼介を気遣うように雫由は言う。「わたしのことは信じなくてもいい。でも、推理は信じて」 「……」  数秒後、やっぱ大人びてるよなぁ、と蒼介は苦笑を洩らした。「わかった、そこまで言うなら信じるよ」 「うん、ありがと」  そう口にした雫由の唇の端には、かすかな笑みが浮かんでいた。  さて、ちょっくら名探偵・桜小路雫由の推理の裏取りに行ってくっか、と客室のドアを開けようとした時、  ──コンコンコン  と目の前からノックの音がした。 「河合です。少しいいかしら」  出鼻をくじかれてしまった。けれど、無視するわけにもいかない。用件を聞こうとドアを開けた。  廊下に立つ凛香子は、思いつめたような暗い表情をしていた。 「いきなりで申し訳ないんだけど」と前置きして凛香子は言う。「今からラウンジに来れないかな? みんなに聞いてほしい話があって、それで蒼介君たちにも来てほしいの」 「──大事な話?」 「うん」急だよね、ごめんね、と凛香子は悪びれる色を見せた。 「ああ、うん、そっか、まぁ、わかったけど……」蒼介は煮え切らない返事のお手本のような言葉を返しつつ雫由の様子を窺った。証拠を探してくる! と今さっき言ったばかりなのに舌の根も乾かぬうちに後回しにしてしまうのはかわいそうだよなぁ、と思ったのだが、雫由は落胆したり不機嫌になったりはしていないようで、ヌバックレザーのソファに座って我関せずといった趣で窓から青い空を眺めていた。 「雫由」蒼介が呼ぶと、彼女はゆっくりとこちらに顔を向けた。「凛香子さんの話を聞きにこれからラウンジに行きたいんだけど、雫由はどうする? 待ってるか? それとも一緒に行くか?」 「……」数瞬の後、雫由はソファから立ち上がった。「わたしも行く」  ということで、蒼介、雫由、凛香子の三人は一階にあるラウンジに向かうことになった。    この館のラウンジは、玄関ホールの隅にある、ソファやテーブルの置かれた休憩スペースのことだ。ホテルラウンジがイメージとしては近いだろう。そこには凛香子の言うとおり辻本と甘露がいた──壁際のソファに座った辻本は、膝に肘を突いて口元を隠すようにして手を組んでおり、甘露は辻本の向かいのソファに膝をそろえて座り、どこともなく見つめていた。  辻本は蒼介たちを認めると手を解いて口を開き、「容疑者全員集合だね」と冗談めかした。 「ははは」と蒼介は不器用な愛想笑いで応じた。頬が引きつるような、いつもより更にぎこちない笑顔になってしまった。雫由の語った推理が正しいのならば、この男こそが四人もの人間を殺した犯人なのだ。表面上だけでも和やかに談笑するのは、嘘の苦手な蒼介には難しかった。  遅れて来た三人がソファに着くと、凛香子は意を決したように表情を引き締めて口を開いた。「話というのは事件の真相についてよ。昨日からいろいろ考えてきて、わたしは一つの答えに達した。それを話そうと思って集まってもらったの」 「!」蒼介は息を呑み、それから反射的に雫由に視線をやった。 「?」雫由に動揺は見られないが、予想外ではあったようで、不思議そうに小首をかしげていた。  平静さを失わなかったのは辻本も同じだ。泰然とした態度で、「ほう、それはすばらしい。流石はミステリーを専門に書いているだけはある」と言った。  蒼介は警察官として被疑者(うそつき)を何人も見てきたが、辻本からは彼らのような気配は漂っていないように思われた。  辻本の胆力が図抜(ずぬ)けているのか、彼は犯人ではないのか、はたまたほかの理由があるのか現時点では判断しかねるが、いずれにしろ注意して見ておかなければならないだろう──蒼介はこっそりと警戒しつづける。 「──『答え』って、どういうこと」小さな声でそう言ったのが誰なのかすぐにはわからなかった。「犯人がわかったってこと──だよね?」かすれたその声の主は甘露だった。「そういう意味にしか解釈できないよね? 誰が犯人なの?」彼女は凛香子のほうへ身体を傾け、すがるように語勢を強めていく。「もったいぶらないで早く教えてっ。ねぇ、早くっ! 早く言えよっ!!」 「ちゃんと説明するから落ち着いて」凛香子は優しい声色でなだめるように言った。  言われた甘露は、凛香子との短いにらみ合いの後、しぶしぶといった様子で引き下がった。 「順を追って説明するわ──」  それから凛香子が語った内容は、先ほど雫由から聞いたものと寸分たがわなかった。 「以上のすべてを実行できる人間は一人だけしかいないわ」つらそうな表情で凛香子は言う。「犯人はあなたよ、佳人さん」  重苦しい沈黙がラウンジに流れた。  ふと、隣に座る甘露から剣呑(けんのん)な気配を感じた。横目で見ると、射殺さんとばかりに鋭い目を辻本に向けていた。  完全にキレてんな。気持ちはわかるけど、早まったことはしないでくれよ──蒼介はそう願いつつも、もしものときにはすぐに動けるように心構えだけはしておくことにした。  無音の世界に終焉(しゅうえん)をもたらしたのは、意外にも雫由であった。「辻本さん、教えてほしいことがある」 「? 何だね?」辻本は、たった今犯人だと指摘されたばかりとは思えない穏やかな調子で尋ねた。 「どうして有栖さんたちを殺したの?」雫由も自然体だ──ごく自然に辻本を犯人とみなしている。彼女にとってはもはや議論の余地のない確定された真実なのだろう。  それが笑いのツボに()まったのか、辻本は口元に三日月を浮かべた。「『わたしはやってないっ! 証拠っ、証拠はあるのかっ?!』──推理されてしまったときはそうやって食い下がったほうが盛り上がると思って密かに練習していたんだが」そこでぐるりと首をねじってみんなの顔を見回し、肩をすくめた。「この空気でやっても白けるだけだな。非常に残念だよ」 「ふざけないでっ!!」甘露が声を上げた。「四人も殺しておいて、何なのその態度っ! 頭おかしいんじゃないのっ!?」  叫ぶような言い方に、蒼介の頭にじんじんと痺れるような感覚が広がった。  しかし、その声をぶつけられた辻本はどこ吹く風で、「かもしれないね。──で、それの何が悪いのかね? わたしは何も困っていないよ」 「──ちっ」甘露は大きな舌打ちをし、それから、何を言っても無駄だと判断したのか、口を閉ざした。  はぁ、と小さく溜め息をついてから蒼介は、改めて辻本に問うた。「辻本さん、訳を話してくれませんか? いきなりこんなことに巻き込まれて理由も説明されないままというのは、到底納得できません」──説明されたからといって許せるわけではないけど、とは口の中だけで転がした。 「おっと、取り調べが始まってしまったようだね」  そう言っておどけた辻本を無言で見つめる。世界が停止してしまったかのように誰も動かない時間が流れ、やがて辻本が、ふっ、と柔らかい息を吐いた。「──二年ほど前だったかな、医者から余命一年と言われてしまってね」ここで言葉を切り、おかしそうに笑ってから、「だが、どうやらヤブ医者だったらしく、おかげさまでわたしは今もこうして生き長らえているよ」とはいえ、と彼は続ける。「二年も経てば流石にそろそろ死にそうではある。自分の身体のことだからね、もう長くないことは感覚的にわかるのだよ」  何となく凛香子が気になった蒼介は、(さと)られぬように注意しながらそちらに視線をやった。彼女は険しい顔をしていたが、その裏側にどんな感情があるのかは窺い知れなかった。 「だから何なの?」甘露が()みつく。「余命が少なくてかわいそうな自分は何をしてもいいって思ったわけ?」 「いいや、そうは思わんよ」辻本は答えた。「わたしはただ、死ぬ前に本当にやりたいことをやろうと思っただけだ。それが許されるか否かや道徳的にどうかなどは、まったく気にしていない。くだらないからね、そんなことは」 「くだらない……」凛香子が茫然とつぶやいた。 「本当にやりたいことって、こんなこと──みんなを殺すことがそうだって言うのっ?!」甘露は理解不能な宇宙人を見るかのような、驚愕と困惑、それから恐怖が混じった表情で言った。「意味わかんない……」 「勘違いしないでほしいのだが、ただ殺せばいいというものではない」辻本は言う。「わたしがホラーだけでなくミステリーも好きなことは知っているね? 子供のころからいろいろなミステリーを読んできた。その世界、特にクローズド・サークルものはわたしを魅了した。そして、いつしか思うようになっていたのだよ──ミステリー小説のようなクローズド・サークルでの殺人事件を起こしてみたい、とね」 「何よ、それ……」甘露は細い声を洩らした。 「とはいえ、このシチュエーションで殺せるのならば誰でもいいというわけではない。君たちを選んだそれ相応の理由は、もちろんある」辻本はここで皆を見回し、愉快そうに口角を歪め、「何だかわかるかね?」 「知るわけないでしょっ!」甘露が声を上げ、 「わからない──あなたのことがわからないわ」凛香子が語調を沈めた。  辻本は蒼介と雫由のほうに顔を向けた。「蒼介君と雫由君はどうだね? 推量できないかな?」 「……特殊な理由で殺人を行う人間の思考はわかりません」たしかに一般的でない行動原理──価値観を持つ被疑者を相手にしたこともあるが、だからといって彼らを理解できているわけではない。蒼介は掃いて捨てるほどいるほどほどに善良な凡人にすぎないからだ。  しかし、蒼介の隣に座る小さな少女は毛色が違うようで、「……小説家なのにホラー小説を書いていないから?」と、どこでどう道を間違えたらそういう結論になるのかまるで想像できないことを口にした。  そんなアクロバティックな理由でターゲットを選ぶわけないだろ、と蒼介は思ったのだが、 「惜しい!」  辻本は笑みを浮かべてうれしそうな声を発した。「かなりいい線いっているよ。やはり雫由君は見どころがある」うんうん、と満足げにうなずいた。 「答えは何?」雫由は非難するでもなく、夕ごはんのおかずを尋ねるときのような淡白な声音で聞いた。 「うむ」と置いてから辻本は言った。「作風が気に入らなかったからだよ」  目が点になる、という表現があるが、甘露や凛香子の表情はまさにそれであった。あきれたように口を半開きにして中途半端に眉をひそめている。  もちろん蒼介も似たようなものだ。「んなアホな……」という言葉が意図せず洩れ出てしまった。  辻本は蒼介たちの様子など目に入っていないかのように平然と続ける。「君たちの書く物語は血が少ない。苦しみも軽ければ痛みも弱い。救いのない暗い絶望こそが小説の本質なのに、君たちの書いたあれらにはそれが圧倒的に足りない。そんなもの、三文小説にすらなれない文字の集合体でしかないのだよ」息継ぎをし──そして最後に、 「だから殺した」  辻本にとっては当然のことなのだろう──彼の堂々とした口ぶりから蒼介はそう思った。  困惑や怒り、驚きなど、さまざまな感情により奇妙な空気が漂っている中、 「そうなんだ」  雫由がぽつりと言った。  ──あ……? ……も……どうし……?  次いで彼女は何かをつぶやいたが、それは聞き取れなかった。どうした? と尋ねても、彼女は、「ううん、何でもない」と首を横に振るだけだった。  いったい何だってんだ……?  訝りながらも蒼介はそれ以上は問いたださなかった。それどころではなくなった──辻本がズボンのポケットから折りたたみ式(フォールディング)ナイフを取り出したからだ。彼は慣れた仕草で(ブレード)を開いた。  場に緊張が走る。 「おいっ、何のつもりだ?!」蒼介は鋭い口調で言った。  辻本はゆっくりと口を開き、「……ミステリーの犯人はね、真相を推理されてしまった時点で負けなのだよ。その後の犯人の役割は、読者を納得させるために過去や動機を語ることぐらいだろう」と静かな声音で答えた。  今度は何を言い出すんだ? と皆が怪訝そうな表情になる。 「ところで、わたしは狭い所が嫌いでね──つまり、逮捕されたくないのだよ」そして辻本は、ふ、と笑みを零し、「わたしは一足先に抜けさせてもらうよ。さよならだ」  意図を察した蒼介が、やめろ! と声を上げるも、辻本はナイフを自身の胸部──心臓へと突き刺した。彼の顔が歪む。ナイフが抜かれた。しかし、そこで終わりではなかった。死を確実なものにするためなのか、間髪を容れずに首にナイフを押し当て、勢いよく掻っ切った。血が(あふ)れ出る。頸動脈(けいどうみゃく)が切れたのだろう、彼の着る白いポロシャツは、見る間に赤く染まってゆく。そして、彼は脱力するようにソファの背にもたれかかった。  クソッ、最悪じゃねぇか!──蒼介は心で悪態をつきながら辻本に駆け寄った。彼の瞳から急速に光が失われていく。傷を確認する。切り裂かれた皮膚から赤い肉が覗き、血が止めどなく流れ出ている。ここが適切な設備のある病院で蒼介が医者だったならば助けることができたかもしれないが、残念ながらそんなことはない。彼が死ぬのを見ていることしかできない。 「佳人さん……」  横に凛香子が来ていた。彼女も蒼介同様、険しい表情で彼を見下ろしている。  警察官のくせに殺人犯を見つけることも彼の身勝手な自殺を止めることもできなかった無力感と罪悪感が込み上げてくる。「すまん」気がつけば、蒼介はそう口にしていた。  あなたは何も悪くないわ──凛香子は蒼介を責めなかった。  それでも、蒼介はもう一度繰り返した。「……すまん」
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