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〈過去⑤〉
不意に違和感を覚えた。
身体が痛い。背中がジャリジャリする。脳に靄が掛かっていて思考がおぼつかない。
……あれ、あたし何してたんだっけ?──それでも薄ぼんやりとした意識で考え、はっと気づき、目を見開いた。すると、同い年ぐらいの少年と目が合った。
「よう」その少年が口元を歪めて言った。「気分はどうだ?」
「……」海里は無言で自分の置かれた状況を確認する。気を失う前と同じ、山林の中の木々が途切れた場所にいるようだった。衣服はすべて剥ぎ取られ、手は手首同士、足は足首同士を束ねるようにしてビニール紐で縛られていた。首をねじって右を向くと、同じ状態の御影が地面に転がされていた。御影はまだ目覚めていないようだった。
海里と御影の周りには五人の少年が立っている──そのうちの三人は知っている。目の細い野々山聖也に身体の大きい二見豪、そして端整な顔立ちの桐ヶ谷裕貴。御影をいじめている、彼と同じ三組の生徒だ。別の中学校の生徒だろうか、残りの二人は知らないが、一人は先ほど御影を襲っていた少年に見えた。
現在の状況は理解した。地面に横たわる海里たちを見下ろす少年たちの下劣なにやけ面と裸にされて抵抗できない自身の状態を併せて考えると、どうなるかは火を見るより明らかだ。レイプされるのだ。
冗談じゃない──海里は憤りを露にした。「あんたら何のつもり? こんなことしてただですむと思ってるの?」
泣き寝入りなんてするつもりはない。事が終わったらすぐに警察に駆け込んでやる、とにらみつける。
しかし、少年たちはうろたえるどころか嘲りの笑みを深めた。
その様が海里の感情を逆撫でする。苛立ちに舌打ちが洩れた。
桐ヶ谷が彼の隣にいる野々山に、おい、と声を掛けた。
すると、野々山は膝を突いて地面に置かれたリュックサックに手を入れた。
何なのよ、と訝る海里が次に目にしたのは、デジタルビデオカメラだった。野々山がリュックサックから取り出したのだ。ぞっとして心臓がより一層暴れ出す。
桐ヶ谷が口を開く。「もうわかってると思うが、今からお前を輪姦す。撮影もする。そして、俺たちのことを誰かにしゃべったらネットに流す。命令に逆らっても同じだ」
ひゅー、とはやし立てるような口笛。
「桐ヶ谷カッケー」「こんなかわいい子をオナホにできるとか最高すぎ」「やべぇよな。ムラムラしすぎてさっきからチンコがいてぇもん」「俺なんてオマンコを見た瞬間一回イっちまったよ」「いや、ねーよ」「童貞かよ」「流石に早漏すぎんだろ」
少年たちは楽しそうに笑っている。
海里は悔しさに唇を噛んだ。
その時、横から身じろぎの音と、「ぅぅ……」という小さな声が聞こえた。御影が目を覚ましたようだった。彼は、「……え、これは……」と困惑の声を洩らしたが、すぐに押し黙った。状況を察したらしかった。
「起きたか」桐ヶ谷はそう言って御影に近づくと、いきなり彼の腹部を踏みつけた。
御影の顔が苦悶に染まる。
「っ!」突然の暴力に海里は喫驚し、そして怒りを覚えた。「何してんのよっ!」
桐ヶ谷は再度、御影を蹴った。
「やめろっ!」
海里が叫んでも桐ヶ谷は止まらない。
「やめろって言ってるでしょっ!」「何でこんなことするの!」「やめてっ」「ひどい」「やめて」「お願いだから」「お願いだからやめて」
何度懇願しても無駄だった。気がつけば、海里の瞳から涙が溢れ出ていた。
しばらくして、ようやく桐ヶ谷はそれをやめた。御影の身体は痛々しくて直視しがたい色に染まっていた。彼は声を殺して泣いている。
「何でっ、何でこんなことするの……」海里は弱々しい涙声で尋ねた。
桐ヶ谷がその冷たい目を海里に向けた。「お前らが気に入らないからだ」
「……」海里に、桐ヶ谷に何かをした記憶はない。どういうこと……、と疑問に思う。
「御影に何を言ったか知らないが、お前と関わるようになってからこいつは反抗的な目をするようになった。キモい雑魚のくせにそんな目で見てくるんだ。許せるわけないだろう?」
「……」何だそれは、と思った。そんなことでここまでするのか、と。
「少し痛い目を見せて自分の立場をわからせなければいけないな、と思っていた。原因であるお前も含めてな。それで、今日お前を輪姦すつもりで機会を窺っていたらちょうどいいことにこの山林に入っていった」桐ヶ谷は嗜虐的に口角を吊り上げた。「襲ってくれと誘っていたんだろう? 感謝しろよ。お望みどおりレイプしてやるんだからな」
ぎゃはは、と少年たちは声を上げて笑った。心底愉快そうに。
そして、強姦が始まった。彼らは、性交どころか自慰の経験すらない海里のことなどお構いなしに乱暴に、自分本位に腰を打ちつけた。途中、ヤりにくいという理由で手足の拘束を解かれたが、抵抗したり逃げ出したりしようとはしなかった。すでにそんな気力はなくなっていたし、そういうことをすると御影が痛めつけられるという確信めいた予感があったからだ。
いつからか膣から破瓜の痛みを超える激痛がするようになっていた。膣壁が擦り切れたらしかった。胸にはみみず腫れのような痕ができている。かなりの力で何度も揉まれたせいだろう。こちらもじんじんと痛んでいた。
「い、痛いから、も、う少し優しく、して」
しかし、彼らは優しさを見せることはなかった。むしろ、痛みに顔をしかめる海里を見てより興奮しているようだった。
少年たちは一度の射精では満足してくれなかった。全員が二回目をこなし、中には三回目のレイプに及ぶ者もいた──先ほど海里の性器を見ただけで果ててしまったと話していた少年が、正常位での拙いピストンを止め、海里に覆い被さるようにして顔を寄せ、感極まったように言う。「マジでかわいいな、お前、本気で好きかも、ヤベ、気持ちよすぎ、チンコ溶けそう、な、なぁ、お前も気持ちいいか、気持ちいいよなっ、イク時は言えよっ」唇を押しつけてきた。それが終わると再びへこへこと腰を動かしはじめ、「かわいすぎ、ヤベ、もう無理かも、あ、あ、また出そう、ああ愛してる、出るっ、出るっ、マジで愛してるっ──イクっっ!!」
その瞬間のだらしない顔を下から眺めていると、彼の弛緩した口からよだれが垂れ落ちてきた。それが海里の乳房に当たる──瞬間、唐突に強烈な嫌悪感が湧き上がってきた。汚いと感じた。気持ち悪い。早くシャワーを浴びなければいけない。早く早く早く──、
「……ふー」海里の中に欲望をぶちまけた少年は、満足げに息を吐いた。それから、また顔を近づけてきた。
とっさに顔を背けるも、少年の舌打ちが聞こえ、はっとする。逆らうとまた御影が攻撃されるかもしれない。海里はすぐに覚悟を決めた。
少年の腰に脚を絡め、彼の後頭部に手を回した。瞳を見つめて媚びるような声で、「ね、もう一回、もう一回シて──」
少年は喜色をにじませ、再度キスを迫ってきた。今度は拒絶しなかった。それどころか積極的に受け入れた。
少年の舌が海里の口内を犯し、二人の唾液が混ざり合う。くちゅくちゅという音が耳につく。
気持ち悪い。汚い汚い汚いっ──海里の心は悲鳴を上げていた。
挿入されたままだった少年のペニスが、次第に張りを取り戻していくのがわかった。少年の手が海里の乳房をまさぐる。ただ不快なだけのそれに甘い声を上げてやる。
すると、少年は今まで以上に鼻息を荒くして、「お前かわいすぎんだろ。出しまくったのにまたすぐイッちまいそうだ」海里の耳に口を寄せ、「なぁ、桐ヶ谷たちに内緒で付き合おうぜ。マジで好きなんだ。アソコの具合も最高だし、お前となら何回でもできそうだし──な、そうしようぜ」
桐ヶ谷たちは少し離れたところで携帯ゲーム機をいじっていて、こちらの会話は耳に入っていないようだった。
「……ホントにあたしのこと好き?」ふわふわとした綿菓子のような声だった。気色悪い。海里自身そう思う。自分からこんな声が出るとは思ってもみなかった。
「っ、ああっ、ホントに好きだっ」はぁはぁ、と生暖かい息が海里の肌を撫でる。「な、なぁ、お前はどうだ、俺のこと好きか?──好きだよな、もう三回も俺に中出しさせたんだ、愛してるよなっ、愛してるからこんなにチンコを締めつけるんだろ、そうだよな、な?」
言っている意味はまるでわからないが、答えるべき言葉は決まっているように思われた。
「うん」名も知らぬ少年にしがみつくようにして抱きつき、ささやいた。「あたしも愛してる。いっぱい愛してくれるあなたが大好き」
「っ!」痙攣するように息を震わせた少年は、焦り出した。「あ、ヤベ、ちょっ、あ、あっ、出そっ、気持ちいっ、も無理、ヤベ、ヤバ、気持ちよすぎっ、出るっ、イクっ、あ、ぁ~~っっ!!」まだ動いてもいないのに達したらしかった。
数秒後、少年はぐったりと被さってきた。はぁはぁ、という荒い呼吸の音が近くにある。土や樹木、汗、唾液、そして精液のにおいが充満していて吐きそうだ。
「もう一回言ってくれ」突然そう言われ、何のことかわからず黙っていると、少年は焦れたように、「さっきのだよ。好きとかそういうの、もう一回言えって」
あー、と理解した。はにかんだようなほほえみを作り、リクエストに応えてやる。「恥ずかしいからこれで最後だよ?──愛してる」
「ああっ! これからはお前は俺のもんだっ。俺の彼女だっ」
「……うん」
「──」それからも少年はいろいろと話していたが、疲れが限界を超えたのか、ほとんど頭に入ってこなかった──辛うじて理解できたのは、少年の名前が沼尻大河であるということと彼が海里と同じ中学二年生であるということぐらいだった。
やがて沼尻は海里から離れていった。
桐ヶ谷が海里の携帯電話のパスワードを聞いてきた。互いの連絡先を登録したいらしい。疲れ果てていて、携帯電話を自ら操作して連絡先を交換するのもめんどくさい。海里は素直に──投げやりな気持ちでパスワードを口にした。
少しして桐ヶ谷は海里の携帯電話を彼女のスクールバッグが置いてある辺りに放り投げた。そして、全裸で仰向けに倒れ伏している海里と拘束されたままの御影に顔を向け、「今日のことと動物の死体のことは誰にも言うな。言ったらお前らの動画をネットに上げる。変な気は起こすんじゃねぇぞ。いいな」と念を押し、「わかった」「誰にも言わない」と二人が首肯するのを確認してから仲間を引き連れて山林を後にした。
「……」
犬猫の死体のことまで口止めしたってことは、桐ヶ谷たちが真犯人ってことなのかなぁ──海里は、いつの間にか暗くなっていた空を眺めながらぼんやりと思った。
でも、もうどうでもいいや。
翌日、気分も体調も最悪だったが、海里はいつもどおり登校した。美咲とたわいない話をし、授業を受け、変わらぬ日常を演じた。幸い、海里に目立った外傷はなく、不審に思われることはなかった。
一時間目が終わると海里は御影のクラスを訪ねた。廊下から中を窺うも彼の姿は見えない。入り口の近くにいる女の子に聞いてみる。「御影は休み?」
「御影君なら休んでるよ」女の子は興味なさそうに答えた。
「わかった、ありがとね」
自分の教室に戻り、席に着いた。携帯電話を取り出し、御影にメールを送る。『大丈夫?』
返信が来たのは放課後になってからだった。『大丈夫。僕より古川さんのほうが大変なのに気を遣わせてしまってごめん。』
『あたしが勝手にしてることだから』『気にしないで』とそれぞれの文末に適当な絵文字を付けて返した。
『ごめん。』御影はまた謝罪の言葉を送ってきた。
それには返信をしなかった。再び御影からメールが来ることもなかった。
帰ろうと上履きを脱いだところで携帯電話が通知音を鳴らした。メールが来たようだった。
御影かな……?
期待というと少し違うけれど、間を置かずしてポケットから携帯電話を取り出した。しかし、そこに表示されていたのは野々山聖也という名前だった。
『アシッドワールドに来い』
アシッドワールドというのは国道沿いにあるカラオケ店のことだ。まさか仲良くお歌を歌いましょうというわけではないだろう。
溜め息が出た。まだ昨日の傷は癒えていない。膣は痛いし違和感もある。心だってぐちゃぐちゃなままだ。
けれど、断るという選択肢は存在しない。嫌々了承を伝えるメールを送り、処刑台に上る囚人もかくやという重い足取りでアシッドワールドに向かって歩きはじめた。
アシッドワールドの駐車場に野々山たちはいた。店舗の前にある自動販売機で買ったらしき缶ジュースを飲みながら談笑している。今のところは三人──野々山、二見、そして海里の彼氏になったらしい沼尻しかいないようだ。
これから残りの二人も来るのかな。来ないといいな──そう思いながら歩を進めていると、野々山たちも海里に気づいた。遠慮会釈のない視線が海里の胸と下腹部に突き刺さる。彼らの頬はほんのりと赤く色付いている。
きっしょ、最悪。
自然と眉間にしわが寄った。
海里が彼らの下に着くと、野々山は待ちきれないといった様子で、「今日はここでヤる。行くぞ」とだけ言い、足早に入り口へ向かった。二見と沼尻がそれを追うように歩き出した。海里も追従し、入店した。
野々山たちは予約していたようで、受け付けはスムーズに終わり、通路の奥のほうにある、靴を脱いで入るタイプの部屋に通された。中はかなり広い。十人ぐらいまでなら余裕を持って利用できそうだ。床にはカーペットが敷いてある。部屋の中心に大きなテーブルが一卓あり、その周りに沢山のクッションが置かれている。ドアには小窓が付いているが、そのすぐ上にフックがあり、部屋に用意されているハンガーを使って上着などを掛ければ外からは完全に見えなくなりそうだ。店側もこういう使い方を想定しているのかもしれない。商魂たくましいのは結構なことだが、今は全然うれしくない。
案の定、小窓はすぐに学生服で覆われてしまった。元々薄暗かった室内が更に暗くなったような気がした。
「今日は着せたままヤろうってさっき話してたんだ」野々山が機嫌よさそうに言う。「つーわけで、パンツだけ脱いで四つん這いになれ」
着たままって何それ意味わかんない。
何が楽しいのかわからないが、三人の表情を見るに彼らにとっては魅力的なことなのだろう。海里は、はぁ、と小さく嘆息し、次いでショーツを下ろし、しかし足から抜こうとしたところで野々山に止められた。
「パンツは太ももに残しとけ」
ということらしいので、右の太ももにだけ通した状態にした。こんなのの何がいいんだか。
「これでいい?」
「いい感じ、ちょーエロい、めっちゃかわいい」野々山は軽薄な口調で答えた。
「……それはどうも」
最初の相手は野々山だった。目をつぶって痛みと不快感に耐えていると、しばらくして小さなうなり声が聞こえた。程なくしてペニスが抜かれた。どうやら終わってくれたようだ。
ほっと安堵したのも束の間、二見のそれが膣口に宛てがわれた。身体がこわばる。心の準備をする間も与えられず、一気に挿入された。鋭く激しい痛みが全身を貫いた。思わず、「ぅ、くぅ……」とあえぎ声が洩れた。
何を勘違いしたのか、野々山が、「お、感じてんのか? 豪ちゃんデカいもんな。やっぱデカチンのほうがいいんか?」とほざいてきた。
感じるわけないだろっ! デカいから苦しいんだよっ! バカなのっ? 死ねっ! ホント最悪っ!
と叫びたかったが、そうしたところで意味はない。それどころかもっと扱いが悪くなるかもしれない。海里は歯を食いしばって耐えた。ちくしょう、ちくしょう、と心は毒突いていた。
二見はなかなかイってくれず、
「は、は、ふ、ふ、は──」大きな身体にふさわしい強い力で激しく突きつづけていた。
もうやだもうやだ痛いキモい苦しい汚い早く終われ早く終われ終われ終われ──固く閉じられた瞳から涙がにじんでいた。
誰か助けて苦しい助けて──。
助けてくれる人などここにはいない。それはわかっているが、都合のいいヒーローの登場を望んでしまう。救ってくれる誰かを求めてしまう。
海里はすがるような目で沼尻──昨日さんざん愛してるだのかわいいだの言ってきた彼氏もどきを見た。愛してるなら何とかしてよ! 助けてよ! そういう思いが少しだけあった。
沼尻はおもしろくなさそうな表情でこちらを見ていた──目が合った。すると彼は気まずそうな表情を浮かべ、すぐに目を逸らしてしまった。
何よそれ……何よそれっ!
急速に怒りが膨れ上がる。
沼尻からは嫉妬心めいた情欲が漂っていた。海里がほかの男に抱かれるのが嫌なのだろう。一瞬見ただけでもそれがわかった。しかし、彼は何もしないことを選んだ。ただ見ているだけ……。
もとよりただの加害者と被害者だ。けっして彼氏彼女などではない。助けを期待するほうがおかしい。それは間違いない。
けれど、それでも込み上げる感情を抑えられそうになかった。沼尻の情けない姿とそんなやつにわずかでも期待してしまった自分自身に怒りを覚える。カーペットに大粒の涙が零れ落ちた。悔しくてムカついて苦しくて虚しくて惨めで涙が止まらない。
どれくらい時間が経っただろうか、ようやく二見が射精してくれた。彼のペニスが抜かれると、海里は膝を折り曲げ、亀のようにうずくまった。肉体的にも精神的にも著しく消耗していた。
しかし、まだ終わらない。今度は沼尻の番だった。
「尻を上げろ」沼尻が偉そうに命令してきた。
うるさいっ! 意気地なしのくせに偉そうにするなっ!──こんなやつに従いたくない。そういう感情が爆発した。
無視して動かないでいると、舌打ちの音が鼓膜を震わせた。次の瞬間には、バチンッ、と尻たぶをしたたかにぶたれた。
「っ……!」声は上げなかった。
熱を感じ、遅れて痛みが広がる。こいつっ……! と憎々しげな感情そのままに沼尻をにらみつけた。
「何だその目はっ!」沼尻が怒声を発する。「お前、自分の立場わかってんのか?! ネットにさらされてもいいのか? ああ?」
それを言われると強くは出られない。自分の身体だけでなく御影の無惨な姿もさらされることになると思うと、なおさらだ。
「……ごめんなさい」海里は小さな声で言い、ゆるゆるとした動作で尻を持ち上げて女性器を差し出した。
「っ」沼尻から生唾を飲み込む気配がした。「……反省しろよ」怒気のなくなった静かな声だった。「挿れるぞ」
沼尻の性器は小ぶりだ。おまけに射精も早い。つまりは負担が少なく、その点だけは好きになれそうだった。
一分も経たずに達した沼尻に目をやる。彼は幸せそうな表情で息をついていた。
はぁ──海里の吐息は沼尻とは対照的な響きを孕んでいた。
海里は午後の七時過ぎに解放された。日の沈んだ町を家に向かって歩いていると、メールが来た。沼尻からだった。
「何よ……」苛立ち混じりにつぶやいた。
メールを開く。
『アシッドワールドの向かいのコンビニに来てくれ』
「……はぁ?」
マジで何の用だよ? もうほっといてよ。
そう思いつつも踵を返して指定のコンビニへ向かう。
沼尻はコンビニの雑誌コーナーで漫画雑誌を立ち読みしていた。海里がコンビニの自動ドアをくぐると、彼はこちらに気づいた。漫画雑誌を戻し、近づいてきた。
「何で呼んだわけ?」我知らず冷たい声が出た。
沼尻は海里の問いを無視し、「ついてこい」そう言ってコンビニを出た。
慌てて追いかける。「ちょっと! せめて何の用かぐらいは説明しなさいよ!」
「用? そんなの決まってんだろ」沼尻は歩きながら言う。「邪魔の入らない所でゆっくりするんだよ」
一瞬、何を言っているのかわからなかったが、要するに、「またえっちするってこと?」
「ああ、そんな感じ」
「……どこに向かってんの」
「公園。近くにあるんだよ」
沼尻に連れられて訪れた公園は住宅街の中にあった。時間が時間だけに誰もいない。こぢんまりとしているが、公衆トイレが設置されている──これがあるからか、と、この公園が選ばれた理由を察した。
案の定すぐに公衆トイレの狭い個室に連れ込まれた。特有のにおいに顔をしかめる暇もなくただちに抱きしめられ、唇を奪われた。沼尻の手が海里の背中を這い回る。不快感に肌が粟立つ。
汚くて痛くて気持ち悪くて苦しい時間が再び始まった。
大丈夫、こいつは早漏だからすぐに解放される。ちょっとの間、我慢すればいいだけ。大丈夫、大丈夫、大丈夫だから──自らに暗示を掛けるように心の中で繰り返した。
しかし、そう簡単にはいかなかった。たしかに沼尻は早漏だったが、絶倫でもあったのだ。吐き出されるたびに膣内と子宮に精液が溜まっていく。こいつの、こいつらの精子が腹の中で蠢いていると思うと子宮を抉り出したい衝動に駆られる。頭がおかしくなっているのかもしれない。
沼尻は何度も、「愛してる」と言い、また、海里にもその言葉を求めた。
愛しているどころか憎悪しているが、「愛してる」「大好きだよ」「ほかの人とはシたくない」「メールくれてうれしかった」「いっぱい気持ちよくなってね」など、沼尻が喜びそうな言葉を見繕った。またぶたれるのは嫌だったし、キレると何をするかわからない危うい雰囲気を彼から感じたからだ。
自己嫌悪が心の底に澱のように溜まっていく。強姦魔に媚を売る最低最悪なあたしには沼尻のようなしょーもない男がお似合いかもね、と自虐的なことを思う。
結局、膣内からペニスが消えてくれたのは五回目の射精が終わってからだった。
それから少しして沼尻は帰っていった。一人になった海里は、公園のベンチにへたり込んだ。
今何時だろ。
時間を確認しようと携帯電話を見ると、美咲からメールが来ていることに気がついた。受信したのは三十分ほど前──今は夜の八時半過ぎだ──だった。
メールには、『今、話せない?』とあった。
話せるか話せないかで言えば話せるのだけれど、そういう気分ではなかった。
ごめん、と心の中で謝り、携帯電話をスクールバッグに戻す。その時、メールの通知音が鳴った。美咲からだった。
「……」
しかし、海里はメールを開かなかった。そのままスクールバッグに入れ、ファスナーを閉めた。
──ぽた。
頬に感じた冷たさに顔を上げた。
──ぽた。
また水滴の感触。雨が降ってきたらしい。けれど、傘は持っていない。
雫が伝った。
──ぽた、ぽた、ぽた……。
雨脚は強くなってゆく。
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