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第3話 熊さん、理想のあの娘にすっかりホの字
「それで? 熊さんはその手紙を眺める日々をいつまで過ごすつもりだ」
いつになく怒気を含んだエンドリの声に、ヴィリアムは背筋を伸ばして気を付けの姿勢のままぐっと息を呑んだ。プライベートなことなのだから口出ししないでくれと思うのだが、彼女との出逢いはルティドロンへの遠征任務中だったので、睨みをきかせてくる目の前のエンドリはまったくの無関係とも言いきれない。しかしそれでもやはり、放っておいてほしかった。
「口出しするな、放っておいてほしいとお前は考えているだろう。だが無駄だ。お前が例の娘と結婚して落ち着くまで、俺は何度でも口を出すからな」
(いや、ほんとにもう……そっとしておいてほしい)
部下たちの男にやたらと結婚しろとせっつくエンドリ。武家として名のあるハリーン家の長男である彼はハリーン家の繁栄、そしてハリーン家が仕えているグントバハロン宗家の繁栄、つまりは国のさらなる繁栄を強く願っている。まだ齢十を数えたばかりの頃のヴィリアムの持って生まれた体格の良さなら武人として活躍できると誰よりも早く気付き、ハリーン家の自分に仕官する形で軍に入れといち早く唾をつけたのも、国を思ってのことだ。エンドリの国を大事に思うその気持ちは、決して悪くはない。ヴィリアムとて、この恵まれた頑丈な身体を有効活用して糧を得ることができているし、グントバハロンのために大槍を振るうことは誇りにも思っている。
だが、武人として国のために働くことと、やたらと結婚を急かされることはまったくの別問題だ。ナイーブで個人的な問題なのだから、そっとしておいてほしい。
「あれから何日経ったと思う? 一ヶ月と二週間と三日だ。その間お前はあの娘に何かアピールをしたのか。アクションをしたのか。していないだろう。お前はただただ、あの娘からもらった手紙を家で一人眺めているだけだ。それで彼女と結婚できるはずがなかろう!」
(そんなこと言われても……)
ノエラというヴィリアムの理想を具現化したようなパーフェクトな女性に出逢ってから、一ヶ月以上が経過していた。ルティドロンの北方方面に現れていた原住部族はひとまず退却したらしく、エンドリ率いる救援軍は任務完遂ということで、だいぶ前にグントバハロンに帰還した。ルティドロンを発つ際のヴィリアムは後ろ髪を引かれる思いだったが、どんなにノエラに熱く焦がれたところで、女性に恐れられるしかないこの巨躯をコンプレックスに思う気持ちは消えない。そのため、軍の命令に粛々と従って帰国して以降、できることといえば彼女が書いてくれたお礼の手紙を繰り返し繰り返し読むことだけ。まさにエンドリの言うとおりだった。
「そんなこと言われても、とお前は思っているだろうが、俺は何度でも言うぞ。彼女はお前の運命の相手だ! 絶対にモノにしろ! まずはその手紙に返事を書くんだ! そうすれば必ず彼女から返事は届く。そしたらまた返事を書け。ルティドロンへの遠征任務があれば必ずお前を送り込んでやるから、あわよくば襲って既成事実を作ってしまえ」
「エンドリ隊長、それはさすがに承服しかねます」
無茶を言うエンドリに対してすかさず首を横に振ったヴィリアムだったが、ノエラのあの愛くるしい身体を抱けるものなら抱きたいと、その欲望は確かにあった。
小柄でおそらく全身がふんわりとする感触のノエラと、汗だくになるほどべったべたに、互いの身体の境界線などわからないくらいぐっちゃぐちゃに、寝台の上でとけ合いたい。息継ぎも許さないほど口付けて、首筋にたくさんキスマークをつけて、乳首をしつこいくらいにしゃぶって、やわらかな太ももに頬ずりをして、それからノエラの女の秘密の花園にもたくさん口付けたい。そして最後は、自分の男の象徴をガンガンと力強く打ち込みたい。できるものなら、そんな風にノエラとセックスをしたい。
だが、ノエラの視点に立てばそんなことできるはずがない。こんな大男に抱かれるなど、小柄でかわいらしい非力な女性にとっては恐怖以外の何ものでもないのだから。
「口答えは無用だ。まずはその手紙に返事を書け。いいな、熊さん」
日々の鍛錬や作戦の下命時よりも力強い迫力で、エンドリはヴィリアムに言い聞かせる。そうしてプライベートへの理不尽な干渉をされたヴィリアムは、陸軍本部の庁舎の廊下を歩き、階段に向かった。今日はもう業務終了なので、まっすぐに帰宅するだけだ。
(返事……そうだよな、返事を書くくらいなら怖がられることはないよな)
すれ違う武人たちと敬礼を交わしながら、ヴィリアムは陸軍本部の広い敷地を歩き、城下町に出る。
若い武人たちは軍の隊舎に住まうことができるが、ヴィリアムは実家が城下町内にあるので、いまだに両親と妹と共に住んでいた。一人暮らしをしてもよかったが、遠征で長期間グントバハロンにいないことも珍しくないので、わざわざ一人暮らしをするメリットが特にないのだ。
帰宅途中で、ヴィリアムはまだ営業をしていた生活雑貨の店に入った。そして枚数の少ない紙の束と封筒を購入する。ペンとインクは家にあったはずなので、これで返事を書く道具はそろった。
「ただいま」
「お帰り。ちょうど夕飯だよ」
帰宅すると母のジェニファーが出迎えた。ヴィリアムほどではないが、平均的な女性の身長よりも背が高く、樹木を切り倒すためにノコギリやナタを振るう腕は筋肉隆々で、見れば見るほどいかつくてたくましい。父はそんな母にぞっこんだが、息子のヴィリアムには父の趣味が理解できなかった。
農夫の父と、城下町の大衆食堂で働いている妹はまだ帰っておらず、ヴィリアムは母と二人で夕食にする。それが終わって湯浴みをすると、自分の部屋にこもって白紙の紙の束を見つめた。
(さて……何を書くか)
わざわざ軍会館まで直接お礼をしに来てくれたノエラ。彼女からもらった手紙は、小柄でかわいいノエラらしい、小さくも丁寧な字で綴られていた。
――ヴィリアム・マンダール様。私は、ノエラ・フリオンです。アマツリヤの北西のブナ樹林で足を滑らせて動けなくなっていたところをあなたに見つけてもらい、街まで連れ帰っていただきました。その節は本当に、本当にありがとうございました。暗く冷えていく森の中でこのまま一人で死んでしまうのだと思っていたところへあなたが来てくださって、心の底から安心しました。町医者へも連れていってもらえたおかげで、捻挫した足首もすっかり良くなりました。祖母にも無事に薬を煎じることができました。私を捜してほしいと、祖母が助けを求めに行ったそうですね。老いた祖母は少し前のことは忘れてしまうので、自分がマンダールさんたちに助けを求めたことはもう忘れてしまったのですが、その祖母の分もお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。グントバハロンの武人さんたちに、ルティドロンの民はいつも助けられ、感謝をしております。くれぐれもけがなどなさらないよう、ご自愛ください。ノエラ・フリオンより。
もう何度読み返したかわからない。それでもヴィリアムは、毎回初めて読む気持ちでノエラからの手紙に目を通す。彼女のあの春風のような声でどうにか再生できないかと、頭の中の人たちに頑張ってもらいながら。
(あの祖母と二人暮らしなんだな、きっと)
彼女を送り届けた時もそして手紙からも、祖母以外の彼女の家族は見えてこない。ノエラと祖母は互いが唯一の家族なのだろう。若い娘と老いて記憶もあやふやな老婆の二人暮らしは、何かと困ることもあるのではないだろうか。そう思うと心配でならない。心配なので、ぜひとも彼女を嫁にして守ってやりたいと思う。そしてできることなら毎日でも抱きたい。
(あー……馬鹿を考えていないで返事を……)
ヴィリアムは欲望がだだ漏れになる心の器に蓋をして、紳士の仮面をかぶってペンを執った。
◆◇◆◇◆
「こんにちは」
「ああ、ノエラさん。お待ちかねのものがようやく来たよ」
「本当ですか!?」
数日後のルティドロン国北方域、アマツリヤの街にある簡易物流拠点。そこは遠方と手紙のやり取りをする郵便のほか、大きな荷物を届けたり受け取ったりするための配送施設だ。ルティドロンやグントバハロンの大きな都市部にあるこうした簡易物流拠点は、対価を払えば一般市民も利用することができる。
ここ一ヶ月ほど、ノエラはほぼ毎日この簡易物流拠点を訪れていた。というのも、グントバハロンに帰国したヴィリアムからもしかしたら手紙の返事が来るのではないかと、淡いと言うにははっきりとしすぎた期待をしていたからだ。
一ヶ月と少し前、森の中で足首を捻挫して動けなくなっていたノエラを捜して見つけて、街まで連れ帰ってくれたとても大柄な武人のヴィリアム。手紙と焼き菓子を渡して直接お礼をすることはできたが、彼とはそれきりとなった。しかし、一連のその出来事からどんなに時間が経っても、ヴィリアムを思い出さない日はなかった。
「はい、これ。アマツリヤのノエラ・フリオン様宛……間違いなく君のことだね」
「ありがとうございます」
通いつめたせいですっかり簡易物流拠点の職員に顔を憶えられていたノエラは、職員がにっこりと笑って差し出した手紙を大事そうに受け取った。思わずとろけそうな笑みがこぼれてしまうが、その笑みは手紙の裏面に書かれた差出人の名前を確認してはっきりととろけた。
――グントバハロン国エンフェリダクス、ヴィリアム・マンダール。
間違いなく、ヴィリアムからの手紙だった。
自分が渡したのはあの日のお礼の手紙で、彼が返事を書かなければならない内容ではない。だから、返事など来るはずがない。そう思いもしたが、もしかしたら、もしかしたらとノエラは期待してやまなかった。あれから一ヶ月以上が経過して、そろそろその期待もやめなければと思っていても、ノエラはどうしてもあの大きな身体と、「次は足元にお気を付けください」と言ったヴィリアムのさわやかな笑顔が忘れられなかった。
(マンダールさん……っ)
ノエラは手に持った手紙を決して落とさないようにしっかりと掴みながら、家へと走った。夕飯の食材の買い物に出たつもりだったが、そんなのは後回しだ。待ちに待った彼からの返事を、一秒でも早く読みたい。
さいわい、ノエラが帰宅すると祖母のマルトはロッキングチェアで昼寝をしていたので、ゆっくりと手紙を読むことができそうだ。ノエラはテーブルの上にバスケットを置くと、リビングのソファに座って深呼吸をしてからゆっくりと手紙の封を破った。
――ノエラ・フリオン様。先日は丁寧な手紙をありがとうございました。返事を書くかどうかとても迷ってしまって、こうして遅くなってしまいました。すみません。あの焼き菓子、とても美味しかったです。危うく同僚たちに取られそうになりましたが、どうにか死守して全部自分で食べました。
そこまで読んで、ノエラはくすりと笑った。あの熊のような身体が、小さな焼き菓子を取られまいと必死になっている姿を想像したら、とてもかわいらしく思えた。
――ご祖母様もお元気でしょうか。あの日ご祖母様があなたの捜索依頼をしたのが自分でよかったと思います。そのおかげで、あなたに逢えましたから。どうか自分のことは気軽に「ヴィリアム」と呼んでください。ここしばらくは原住部族が侵攻していないそうですが、ルティドロンの要請があればグントバハロンの軍はいつでも出動します。本来願ってはいけないことですが、早くその要請がなされて、そしてまたアマツリヤに行ければいいのに、とふと考えてしまいます。森の中での滑落だけでなく、どうか原住部族にも気を付けて過ごしてください。ヴィリアム・マンダールより。
男性らしく、たっぷりのインクで書かれたなかなか太い文字。だが、言葉遣いや内容からは、あの日のように落ち着いていて紳士的な空気を感じる。そよ風程度では決して揺るがなさそうな、大樹のようなどっしりとした安定感も。
「ヴィリアム、さん……」
気軽に「ヴィリアム」と呼んでください、と書かれた文面に注目しながら、ノエラはその名前を声に出して呼んでみた。すると胸の奥がぎゅうっと締め付けられて、背中には一筋の鳥肌が立ったような気がした。
(ああ、私……)
恋をしたのだろう。きっと、あの日助けてくれたヴィリアムがあまりにもたくましくて頼もしくて、一目惚れをしてしまったのだろう。来るかどうかもわからない手紙の返事を一ヶ月以上も待ち続けて、そしてこうして届いた手紙にこんなにも切なくなるのは、彼を好きになってしまったからに違いない。
ヴィリアムは「願ってはいけないが」と前置きをしたが、ノエラも同じ気持ちだった。原住部族が攻めてきて、それを追い払うためにグントバハロンから軍が――ヴィリアムがこの街へ来てくれないかと、つい願ってしまう。父を殺した原住部族は憎く、そして恐怖の存在でしかなかったが、まさかその襲来を願うような日が来るなんて。
それからノエラは、何度も何度もヴィリアムからの手紙を読み返した。あまりにも時間が経ってしまって、夕飯の食材の買い物へは、陽が沈み切る寸前にようやく行けたのだった。
◆◇◆◇◆
「アンタねえ、ハリーン家の隊長様の言うとおりだよ。さっさと嫁にすりゃいいんだ」
「ぐっ……」
春から夏へ、そして四季の中で最も長いその夏も終わり、短い秋がそろそろ冬に変わるかもしれないという頃。家族四人そろっての夕餉の席で、ヴィリアムの母ジェニファーは唐突に言い出した。
「な、んっ、のことだよ」
喉に詰まらせかけたジャガイモをどうにか口の中に戻して咀嚼してから、ヴィリアムはこめかみに冷や汗を一筋かいた。
「すっとぼけるんじゃないよ。隊長様からあれもこれも聞いてるんだ。アンタ、ルティドロンの娘さんといい仲なんだって? 遠距離なのにやるじゃないか。もじもじしてないで、さっさと結婚しちまいな。アンタがあっちの国に行くのでも、その娘さんがこっちの国に来るのでも、どっちでもいいからさ」
(エンドリ隊長、おふくろに話すなよ!)
春先にノエラと出会ってから数ヶ月。あれから、ヴィリアムは月一程度の間隔でノエラと文通をしていた。そのことは特別隠していたわけではなく、かといって大々的に周知していたわけでもない。ただ、定期的に簡易物流拠点を訪れるヴィリアムが誰と何をしているのかは、どうやらエンドリにはお見通しだったようだ。最近は「結婚しろ」と言われなくなっていたので助かったと思っていたが、ジェニファーにノエラのことを漏らすなんて、まさか外堀を埋める作戦に出始めたというのだろうか。
「結婚はいいぞぉ~。愛すべき妻と大事な家庭、家族を持てると、仕事にもますます身が入るってものだ」
「そういう働き者のアンタが好きよ、チャダル」
いまだに鼻の下を伸ばすほどジェニファーにぞっこんの父チャダルは、にんまりと笑った。ヴィリアムの方が背は高くなったが、チャダルも武人になれば活躍できそうなほどの大柄な体躯だ。しかし当人は、いかに美味くそして大量の野菜を育てて収穫して出荷できるか、という農夫の仕事にすべてを賭けていると言っても過言ではない。おかげでマンダール農園の野菜はなかなか有名だ。チャダルに仕事を忘れさせることができるものといえば、愛妻のジェニファーの存在だけだろう。
「でもお兄ちゃんの理想の女の人って、なんかこう、現実離れしてなかった? 大丈夫? そのお相手の娘さんって、現実にいる? 妄想じゃないの」
妹のティルスがからかうように、しかし半分は本気で心配しているような表情で尋ねてくる。ヴィリアムは食事を進めながら、努めて冷静に答えた。
「ルティドロンの北方にあるアマツリヤという街の薬師の女性だ。ちゃんと現実にいるし、実際に会ったこともある」
「ふーん、ならいいけど。結婚式とかどうすんの? 親戚に声をかけたり準備したり、いろいろあるから早めに言ってよね。手伝うからさ」
「そうだよ、うちは普通の家だから豪華にはできないけどね! お披露目パーティーぐらいは盛大にしようじゃないか!」
(豪華にできないのか盛大にするのかどっちなんだよ)
母ジェニファーの言葉に、ヴィリアムは胸中でツッコミを入れた。だが真面目に反応をすると面倒なことになりそうなので、とにかくそれ以上返事をすることなく、食器を片付けるとそそくさと浴室へと向かった。そして湯浴みを終えて自分の部屋に戻り、ノエラからもらった手紙の数々を眺めた。
――丁寧なお返事の手紙を、ありがとうございました。とても嬉しくて、何度も読み返してしまいました。私はしがない薬師で、薬を煎じては売りに出しています。あれからまた薬草を採りに街の外へ出ていますが、足元にはうんと気を付けています。ヴィリアムさんぐらい大きければ、もしまた動けなくなってもすぐに見つけてもらえるのに、なんて思いました。
――ノエラさんは薬師なんですね。森の中などへ行く際は、鈴のような音の出るものを持つといいですよ。また動けなくなっても、音が聞こえれば誰かに気付いてもらえるかもしれません。それと、木々や地面と同化しないように、派手な色の服装をすることも大事です。自分は両親譲りで無駄に身体が大きくなりましたが、この体格のせいでしょっちゅう女性に怖がられるので、ノエラさんのこともさぞや怖がらせたのではないかと心配です。
――あの、私のこともどうぞ気軽に「ノエラ」と呼んでください。きっとヴィリアムさんの方が年上ですから。あ、私は二十歳で、祖母と二人暮らしです。母は幼い頃に病気で亡くなっていて、父は数年前、原住部族に殺されました。家族はおばあちゃんだけなので、おばあちゃんがとても大事なんです。やっぱり、原住部族が来てくれたら、なんて考えちゃだめですね。私みたいに原住部族のせいで家族を失う人は、一人でもいてほしくないです。
――お父上を原住部族のせいで亡くされていたんですね。ルティドロンから原住部族撃退の要請があればいいなんて、こちらも軽率でした。すみません。自分は二十五歳で、両親と妹と四人暮らしです。全員背が高くて、もしもノエラが我が家に来たら、とても驚くと思います。任務がない時は鍛錬をしているのですが、ノエラのように家族を失って悲しみに暮れる国民や同盟国の民を増やさないためにも、ますます腕を磨いておきます。
自分が書いた手紙の内容はうろ覚えだが、彼女からの返事を読めば、何を書いたのかだいたいは思い出せた。
国を跨ぐ手紙のやり取りは、そう安い値段ではない。具体的に通信料の話をしたことはないが、自分はともかくとしてノエラ側の質素な生活を思うと、そう頻繁に返事が欲しいとは言えないし思わなかった。だからなのか、一度で書く手紙の長さはどんどん長くなっていった。彼女のことを知りたかったし自分のことを知ってほしかったので、あれこれと話題を探しては取り留めもないことを承知で書き連ねた。
そしてそれはノエラも同じようだった。彼女からの返事はよくて月に一度、長いともう少し間隔が空いた。しかしその分手紙は長くなり、厚さを増した。次第にくだけてきてくれているのが文面から伝わり、ヴィリアムはますますノエラをいとしく思った。
ノエラと手紙のやり取りを重ねている間、ルティドロンからの救援要請は何度かあった。しかしその任務には第二陸軍が割り当てられたため、ヴィリアムが所属している第一陸軍第一陸上戦隊がルティドロンへ遠征することはなかった。
逆に第一陸軍は、西の同盟国ルティドロンではなく、南東にある同盟国バフルソンに遠征し、バフルソンの軍が北東のデシエトロン国と交戦している間、バフルソン国内の治安維持を代理で行っていた。
ヴィリアムも、二週間という短期ではあるが、二度ほどバフルソンに遠征した。バフルソンの街中を歩き回り、不審者がいないか見回りをしたり不届き者がいれば捕縛して事情を聞いたりする役回りだったが、ただ歩いているだけでもすれ違ったバフルソンの女性からは「ひっ」と小さな悲鳴を上げられ、恐れられた。軍服を着ているので怪しい者ではないと認識してもらえていただろうが、武力を行使する者だからこそ怯えられたのかもしれない。
とにかく女性に避けられるヴィリアムの唯一の癒しは、グントバハロンに帰国して読み返すノエラからの手紙だった。
不思議なことだが、やり取りが進むほどに、ノエラが心を開いてくれていることが読み取れた。ヴィリアムの巨躯を目の当たりにしておきながらこんなにもヴィリアムを恐れないでいてくれる女性は、もしかしたらノエラが最初で最後かもしれない。本当に稀有な存在だ。ノエラ自身は女性の中でも小柄な方で小動物のようなのに、熊のような体格のヴィリアムのことが本当に怖くないようだ。
ああ、そんなノエラと結婚したい。嫁にしたい。手紙のやり取りだけでなく、一緒に住んで毎日彼女の笑顔が見たい。ヴィリアムは心の底からそう思った。エンドリの主張を全面的に肯定するようで悔しくはあったが、ノエラは運命の人に違いない。女性に縁のないヴィリアムにとって人生で唯一、心を向けてくれる女性に違いない。
モノにできるならしてしまいたい。いっそのこと仕事を休んで私的にルティドロンへ赴いて、求婚してしまおうか。もしも断られても、それはそれでいい。ノエラと結婚できないなら、自分は生涯未婚のままだろう。そういう運命だったのだ。そう思うことにして、残りの人生はすべて、グントバハロン国繁栄のために捧げることにしよう。
ヴィリアムがそんなことを考えている間に、季節は冬に入った。しかし冬の間、ノエラからの手紙が届くことはなかった。ヴィリアムは再度自分から手紙を出そうかとも思ったが、返事を催促するようで気が引けて、動けずにいた。本当に私的にルティドロンへ赴くことも考えたが、降雪のためその踏ん切りもつかなかった。
痛みをわずかに伴った寂しさを抱えたまま冬が過ぎ、春がゆっくりと始まる。
そして二人が出逢ってから約一年が経とうという頃、ようやくノエラから手紙が届いた。しかし、涙で滲んだと思われる手紙には悲しい事実が書かれていた。
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