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第4話 娘さん、涙の後に求婚される
東西に隣り合うグントバハロン国とルティドロン国。グントバハロンの領土の北側は大きな山脈があるが、ノエラの住むルティドロンの領土の北方は、ちょうどその山脈が途切れてなくなる。そのため、北方に住む原住部族が侵攻してくるし、冬になれば冷たい北風が容赦なく吹きすさんでくる。
ルティドロンの北方域で最大の都市アマツリヤは、今年も厳しい冬をむかえていた。豊かな土壌が多いルティドロンなので、冬の寒さにも耐えられる根菜などが工夫して育てられており、食べるものがまったくなくなることはない。短い秋のうちに冬支度として保存食を作っておくこともあるので、毎日の寒ささえしのげれば生きていける。しかしノエラの祖母マルトの身体は、その寒さがもう耐えられないようだった。
「おばあちゃん、お白湯よ。飲める? 身体の中からあったまるからね」
ノエラはベッドの上のマルトに、白湯の入ったカップを差し出した。
マルトは冬が始まった頃から、ほとんどベッドの上で寝たきりとなった。それまでどうにか歩けてはいたが、記憶力はだいぶ衰えてきていて、歯磨きや着替えなど、毎日の生活で必ずすることも一人ではできなくなってきていた。
老いはすべての人に平等にやって来るものだ。そしてその老いは、マルトの命の灯火を今にも消そうとしていた。
「おばあちゃん……」
ノエラが呼びかけても返事はなく、マルトは白湯を飲むことすらもできない。ただ目をつぶり、小さく、本当に小さく胸を上下させて息をするのが精一杯のようだ。
今年の冬は例年よりやや厳しい。毎日強い北風が吹き荒れ、アマツリヤの街の中は一面雪景色だ。厚手のニットを夏のうちに編んでおいたが、それを着込んでも手足は冷たくなる。暖炉に薪を入れてなるべく室内を温めているが、ノエラの少ない収入で購入できる薪には限度があり、潤沢には使えない。そのため、一日の中でも温かい昼間の時間帯は暖炉を使っていない。それが悪かったのか、マルトはこの寒さで一気に弱ってしまった。
「ごめんね、おばあちゃん」
薬師としての知識は、母が授けてくれた。いや、正確には母の手記だ。ノエラの母はノエラが子供の頃に病で亡くなってしまったが、薬師としてアマツリヤの人々に頼られていた。町医者に毎日のように薬を売りに行き、重宝されたと聞いている。その母は自分の知識をノエラに残そうと、病床に伏しながらも小さなノートに薬草の採集場所、採集方法、扱い方、保存方法、それから様々な薬の煎じ方と効用をびっしりと書き出してくれた。母の死後、ノエラはそのノートを頼りに見様見真似で薬師になった。
しかし、農夫だった父が原住部族に殺されてマルトと二人きりになって以降、ノエラの収入だけではなかなか苦しい生活だった。ノエラもマルトも決して贅沢はしなかったが、母と違ってごく普通の痛み止めや咳止めしか作れず、症状に合わせて柔軟に薬を煎じることが難しいノエラの収入は微々たるものだったのだ。
アマツリヤの人々は優しく、ノエラとマルトを気遣ってはくれた。小麦粉をわけてくれたり、定価以上の値段で薬を買ってくれたりもした。それに、ノエラは互いにいいと思える男性と少しばかりお付き合いをして、結婚するかもしれない、という関係になったこともある。だがあることが原因でその男性とは別れた。それ以来、異性との付き合いも結婚も、自分から遠い場所に置いてしまった。男性から言い寄られたこともあったが丁重にお断りして、ただひたすら質素に、とにかくマルトと二人で生きることに必死だった。
「私がもっと稼げていたら」
母をなんとなく真似した程度の薬師ではなく別の方法で稼ぐことができていれば、もっと薪を買って部屋を暖めて、マルトをこんな風に弱らせないですんだだろうか。だが、どうすればよかったのだろう。
「娼婦にでもなっていれば……」
かつて恋人と別れる原因にもなってしまった自分の体質。それをうまく使えば、娼婦としては活躍できたかもしれない。金銭を対価に見知らぬ男性に抱かれることは想像するだけで涙が出そうなほど嫌悪感を覚えるが、今からでも娼婦になれば、少しは生活が楽になるだろうか。
「だめよ、ノエラ……ノエラ、自分を大切になさい」
「っ……おばあちゃん」
ノエラの独り言が聞こえていたのか、マルトは目を閉じたままほほ笑んだ。
「あなたの、あなたの心に、素直に従うのよ……私のかわいい孫娘」
しわがれた声で、しかしマルトは妙にはっきりと言葉を残す。それが自分にできる最期の優しさであるかのように。
「幸せに……なってね」
「おばあちゃん? ねえ、おばあちゃん……っ!?」
ほんのわずかに垂れた目元、つり上がった口の端。しかし、もう二度と上下しない胸元。ノエラの祖母マルトは、安らかにほほ笑んだまま静かに息を引き取った。
「ああ……ああぁー……っ!」
ノエラは祖母が眠るベッドに顔を突っ伏して号泣した。
これで、ノエラの家族はもう誰もいない。自分はこの世界で一人ぼっちになってしまった。この家の中に、自分以外の足音や息遣いがすることは二度とないのだ。
ノエラの涙はしばらく止まらなかった。泣いて、泣いて、ノエラは泣きはらした。だが非情にも、そうして悲しみ続けることは許されない。悲しみの湖に溺れ続けることは、祖母の遺体を放置することと同義だからだ。
ノエラは悲しみと寂しさで張り裂けそうな心に鞭を打って、アマツリヤの役所に向かった。そこで祖母が亡くなったことを告げ、火葬の手続きを行う。ノエラとマルトを知る街の人々が懸命にノエラに声掛けをしながら、しんしんと降る雪の中、マルトの遺体を火葬場まで運んでくれた。そこですべて灰になるまで燃やし、残ったわずかな灰はノエラの両親の墓と同じ場所に穴を掘って地中深くに埋めた。
「ノエラちゃん、困ったことがあったら声をかけてね。少しでよければ力になれると思うわ」
「ありがとうございます」
気遣ってくれる街の人々に、ノエラは深く頭を下げた。
マルトの葬儀が終わり、帰宅したノエラは自分のベッドに横になった。いまだに源泉を失っていない涙が、決壊したかのように次から次へと流れてくる。その涙で滲んだ視界にふと分厚い紙の束が入り、ノエラは起き上がるとその紙の束を手に取って木製のスツールに腰掛けた。
冬になってから、ヴィリアムに手紙を出せていなかった。本当は一通ぐらい返事を書きたかったが、決して安くはない送料を我慢して、その分少しでも薪を買いたかったのだ。しかし、そのひもじさはついにマルトの命を奪ってしまった。この冬を超えられず、マルトはノエラの両親のもとへと旅立ってしまった。
「ヴィリアムさん……」
ノエラはぼんやりとした表情で、ヴィリアムから受け取った手紙を読み返した。
――先日、第二陸軍がアマツリヤへ遠征したそうです。夏なので原住部族の侵攻が活発化しているようですね。ノエラも、街の外へ出るときは十分に気を付けてください。俺がいる第一陸軍は、南東の同盟国バフルソンへ遠征します。エンドリ隊長は未婚の部下たちに、「国内で嫁が見つからないなら他国で嫁をつかまえろ」とまた無茶を言っています。武人としては有能なのですが、どうにも結婚至上主義な人なので、無茶振りを嫌がって異動を願い出る者が増えそうで困ります。
――エンドリさんのような武人さんもいらっしゃるんですね。武人さんと言えば皆さん、とても怖い方々なのかと思っていました。あ、でも、原住部族を追い払ってくださるので、頼もしく思ってはいますよ! ヴィリアムさんは紳士的で素敵な方ですから、きっとすぐにでも結婚できそうですね。
――ノエラ、それはないんです。俺は本当に、この大柄な身体のせいで女性には怖がられてばかりなんです。威圧しているつもりはないのに威圧していると思われたり、目付きだって気を抜くと鋭くなって睨んでいるように見えてしまったりするみたいで。ノエラだって初対面のあの時、とても俺が怖かったでしょう。
――いいえ、そんなことないですよ! 正直に言うと熊みたいだなあ、とは思いましたが……でも、ヴィリアムさんは大声を出したり乱暴なことを言ったりしませんでした。助けていただいた時、本当に頼もしかったです。背の高いヴィリアムさんを見上げるのはちょっと首が疲れてしまいますが……でもまた、近くでお話ししたいです。
やり取りを重ねるごとに文字量が多くなっていった手紙。彼はどんな気持ちで手紙を読んでくれたのだろうか。そしてどんな気持ちで返事をくれたのだろうか。
互いに、肝心なことには触れないようにしている。けれど、ノエラの中にははっきりとしたヴィリアムへの恋心がある。だから、ヴィリアムの言葉ひとつひとつに胸がときめいてしまう。そしてますます強く焦がれてしまう。彼に愛されたいと。
(ヴィリアムさん……)
肉親を失い、一人ぼっちになってしまったノエラはこれまで以上に強く願った。
ヴィリアムに会いたい。一人ぼっちでいるのは嫌だ。ヴィリアムのあの大きな身体に飛び込んで、そして全身をぎゅっと抱きしめてほしい。こんな小柄な自分では彼に見合う女性とは言いがたいかもしれないが、それでも彼のことが好きで、彼の愛を得たいと思う。そして、ヴィリアムならきっと、この願いを叶えてくれるのではないかと期待してしまう。
「返事……せめて、おばあちゃんのことは伝えなくちゃ」
ノエラは頬に伝う涙を乱暴に拭うと、しばらく手に取っていなかった紙とペンを机の上に並べた。長らく返事ができなかったことを詫び、そしてマルトが亡くなったことをできるだけ端的に書き連ねる。だが、どうしても紙面には涙が落ちてしまい、滲んだところはむりやり塗りつぶしてごまかして、どうにか続きに文字を綴った。そして、書かないでおこうと何度も思ったのだが、どうしても最後に自分の本音を書いてしまった。
――あなたの心に、素直に従うのよ。
だって、それがマルトの最期の言葉だったから。躊躇して本音をしまい込むことよりも素直に伝えることを、祖母も望んでいるような気がしたから。
手紙を書き終えたノエラはそれを簡易物流拠点に持っていったが、冬の間は降雪で移動が難しいなどの理由で、配達されるのは急ぎのものに限定されてしまうとのことだった。そのため、ノエラの手紙がヴィリアムに届いたのは、春が始まろうとする頃だった。
◆◇◆◇◆
「やぁっ!」
ヴィリアムは愛馬の背に鞭を入れた。道の両脇にはまだ雪が積もっていたが、ルティドロンへ向かう道のほとんどは、馬で駆け抜けるのに問題はないほどに雪解けが進んでいた。
「悪いな、ゼラス。でも、急いであの娘のところへ行きたいんだ」
ヴィリアムが声をかけると、愛馬ゼラスはブルルと顎を震わせた。
巨躯のヴィリアムを乗せるゼラスもまた、馬の中で最大サイズなのではと思われるほどの巨体だった。血統的にはごく普通の軍馬だが、ゼラスはヴィリアムと同じようにやたらと大きく生まれ育ち、前の所有者が持て余していた馬だった。
そのゼラスの背にまたがり、ヴィリアムは小さな春の気配を冷たい空気の中に感じながら、ルティドロン国の都市アマツリヤへと急いだ。
冬を超えて久しぶりに届いたノエラからの手紙。そこには涙の痕と共に、彼女の祖母マルトがこの冬に亡くなったことが綴られていた。アマツリヤの人々に助けられて火葬し、その灰は両親の墓と同じ場所に埋めたとも。「これで、一人ぼっちになってしまいました」とか弱い筆跡で書かれた文字に、ヴィリアムの胸はぎゅっと締め付けられた。しかし手紙の最後に書かれていたノエラの本心を知り、ヴィリアムは奮起した。
――ヴィリアムさんに会いたい。会いに来てほしい。
ああ、ノエラ。俺のいとしい人。
怖がられるかもしれない――そう思って臆病だったこれまでの自分を、ヴィリアムは殴り飛ばしたいと思った。軍会館へわざわざお礼を言いに来てくれた時、一生懸命にこちらを見上げて目を合わせて、お礼を言ってほほ笑んでくれたではないか。今まであらゆる女性に怖がられてきたが、ノエラは違ったではないか。手紙だって、あの文字量と内容を見ればそれが誤解や思い上がりじゃないことぐらい、簡単にわかっただろう。ノエラはずっと、自分のことを想ってくれていたではないか。自分が彼女を求めているように、彼女もまた、こんな図体が大きな武人の自分を求めてくれていた。早くそのことを認めて、勇気を出していればよかった。
(ノエラ……っ)
ノエラからの涙の手紙を受け取ったヴィリアムは、まず両親に宣言した。ルティドロンの娘に求婚してくる。あとはなるようになれだと思うので、よろしくご理解いただきたいと。それから、陸軍本部にいたエンドリのもとを訪れ、両親にしたのと同じことを宣言した。
――ようやく覚悟を決めたか。ならばヴィリアム、以前から何度か打診していたが、正式にハリーン家に仕えないか。結婚と同時に自立して、以降お前とその嫁はハリーン家に仕える武人の家系となれ。今も俺が目をかけている状態だが、正式にハリーン家家臣となれば、万が一お前が早世しても嫁の生活を保障してやれる。子ができたあかつきには、最低一人はお前同様に家臣となってもらうが、グントバハロン宗家とも縁の深いハリーン家の後ろ盾があれば、そうそう困ることはないだろう。
グントバハロンにはいくつかの武家がある。その中でもハリーン家は、グントバハロンを束ねる宗家とのつながりが深い。エンドリの弟ランナルは現当主の次男だが、その奥方はグントバハロン宗家の末姫だ。そのハリーン家の家臣になれば、もしノエラを一人遺すことになっても、決して彼女がひもじい思いをすることはない。
――お受けいたします。これからはハリーン家エンドリ様に、そしてハリーン家が仕えるグントバハロン宗家に、忠誠を誓います。
――よくぞ言った。お前の武の腕と鍛錬を怠らない精神力は、この第一陸軍に欠かせないからな。これからも頼りにさせてもらうぞ。だが様付けはよせ。こそばゆくて気色が悪い。これまで通り、友人の一人であってほしいものだ、ヴィリアム。
エンドリはそう言って笑った。
ハリーン家の次期当主であるエンドリは、結婚至上主義でそれを部下に押し付けるお節介な面があるが、基本的には頭脳明晰でこの第一陸軍第一陸上戦隊を見事に率いている立派な隊長だ。ヴィリアムはエンドリより八つほど年下だが、上下関係をあまり引き合いに出すことなく対等な友として接してくれる気さくなエンドリは、生涯仕えるのにふさわしい相手だろう。
万が一自分が戦場で死んでも遺す者を苦労させない後ろ盾を得たヴィリアムは、エンドリの許可を得て数日の休暇をとった。そして雪解けの道に愛馬を走らせ、ノエラのもとへと走ったのだ。
「ヒン!」
「よくやった、ゼラス。お前の脚は本当に力強いよ。最高だ」
アマツリヤの街に到着したヴィリアムは、軍会館にある厩にゼラスをつないだ。そして、主の希望に応えて全速力で走ってくれた相棒をしっかりと褒めた。
それから、ヴィリアムは記憶を手繰り寄せてノエラの家を目指した。古めかしい木製の民家は、確か街の北西にあったはずだ。
急な訪問に、ノエラは驚くだろう。だが、用件を言えばもっと驚くに違いない。断られることはないと思いたいが、やはりここへ来てもまだ、ヴィリアムの中には怖気づく腰抜けな自分がいる。拒否されることを強く恐れるほど、それはつまり彼女を愛しているということだが、約一年ぶりに訪れたノエラの家の扉をノックする勇気を振り絞るのに、ヴィリアムは数回にわたる深呼吸が必要だった。
――コン、コン。
臆病なヴィリアムの心を反映したかのような、ゆっくりで頼りないノックの音。しかし中にいた住人にはしっかりと聞こえたようで、玄関のドアは静かに開いた。
「はい……えっ……えっ、あ、あのっ!?」
恐る恐る顔をのぞかせたノエラは、玄関ドアほどの高さと横幅のヴィリアムを見上げて、くりっとした丸い目を大きく見開いた。
(ああ……ノエラ)
約一年ぶりに目にするノエラは、相変わらず小さい。彼女の爪先など見えないほどに遠く、少し腰が引けているところはやはり小動物のようだ。あまり食べていなかったのか少し頬がこけているが、水晶のような薄い紫の瞳は吸い込まれそうなほどに透き通っている。
彼女に言うべき言葉を、いくつも考えていたはずだった。会ったらまずは挨拶をして少し近況を話して、亡くなったマルトについてお悔やみの言葉を述べて――と、会話の順番も考えていたはずだった。だがノエラを目にしたその瞬間、それらはすべてヴィリアムの頭の中から吹き飛んだ。そしてヴィリアムは驚愕で言葉を失っているノエラに恭しく跪くと、彼女より少しだけ低くなった目線を合わせて、真剣な声で告げた。
「ノエラ・フリオンさん。どうか俺と結婚してください」
「えっ……え、あのっ……」
自分をまっすぐに見つめるヴィリアムの真摯な目付き。突如現れて、そして突拍子もなく申し込まれる結婚。そのすべてに、ノエラの頭は混乱した。
「誰よりもあなたを愛しています。俺は武人で、あなたのご両親やご祖母様のように、あなたを置いて先に死んでしまうかもしれない。それでも、生きている間は必ずあなたを幸せにします。一人ぼっちにはさせません。俺のすべてを懸けて、あなたを愛して守ります。だから俺のこの先の人生に、あなたのすべてをください」
「ヴィ、ヴィリアムさん……」
ノエラのこけた頬が、みるみる赤くなって熱を持つ。開けっ放しの玄関ドアから吹き込んでくる風の冷たさが、逆に気持ちがいいくらいに。
「ノエラ、どうか〝はい〟と言ってほしい」
「は…………はい……」
ノエラはぎゅっと目をつぶって、こくりと頷いた。
するとヴィリアムは破顔して、ノエラの背中と両膝の裏にさっと手を入れてその小さな身体を軽々と持ち上げ、お姫様抱っこをしながら立ち上がった。ノエラは「あっ、きゃっ」と小さく悲鳴を上げながら急に高くなった視界に不安を覚えつつも、ヴィリアムの太い首に両腕を巻き付けてしがみついた。
ヴィリアムはノエラを抱えたまま彼女の家の中に入り、足で玄関ドアを閉める。そしてゆっくりとその場で半回転すると、ノエラの顔を見つめた。
「本当に?」
「え?」
「ノエラ、本当に〝はい〟? 俺と結婚してくれる?」
「あ、えっと……本当にはい、です……」
ノエラがもう一度頷くと、ヴィリアムは悦びのあまり腕の中のノエラを放り投げたい気持ちになった。しかしさすがにそんなことはできないので、ノエラの身体を引き寄せて彼女の鎖骨付近にひたいをこすりつけた。
「は~……よかった」
「ヴィリアムさんっ」
「ん、なに?」
「あの、どうして、ここに」
「ああ」
ヴィリアムは顔を上げて室内を見渡す。そしてソファがあることに気付くとそこにノエラを下ろして、自分も隣に腰掛けた。巨体のヴィリアムは当然かなり重いが、これまでそんな重さは受け止めたことはないのか、ソファはミシミシというにぶい悲鳴を上げた。しかしヴィリアムは気にせず、ノエラの肩を抱き寄せる。
「好きな娘から会いたい、会いに来てほしいなんて言われたら、当然行くだろ」
「あっ……て、手紙……」
その手紙を書いて簡易物流拠点に託したのは、ノエラとしてはだいぶ前のことだった。雪がとけ始めたので、ようやくその手紙がヴィリアムの手元に届いたということなのだろう。
「ごめん、本当ならまずは恋人になってほしいって言うところなんだけど、いろいろ我慢できないんだ。恋人って関係はすっ飛ばして、俺のお嫁さんになってくれる?」
ヴィリアムはノエラの頬を大きな手のひらでなでた。ヴィリアムのその手は大きすぎて、ノエラの顏の半分をたやすく覆ってしまう。
ノエラは緊張で心臓がバクバクと高鳴っていたが、ヴィリアムの手の硬さと温かさが心地良くて、そこに頬ずりをしながらうっとりとした表情を浮かべた。
「はい……不束者ですが、よろしくお願いします」
ノエラがそう答えると、ヴィリアムの手のひらが少しだけノエラを引き寄せた。そしてノエラはまるで捕食されるかのように、ヴィリアムにキスをされた。最初は唇と唇がふれ合うだけだったそのキスは、次第に舌をからめ合う激しいものに変わり、アマツリヤに残るすべての雪をとかしてしまいそうなほどの熱を持ったのだった。
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