考試(後)

1/1
前へ
/83ページ
次へ

考試(後)

 昼食後、琴を貸与された青藍は、迎えが来るまで繰り返し課題曲を弾いて過ごした。  半刻と少し経って現れた案内の者と向かった先では、既に楽師や官人らが受験者の到着を待ち構えていた。広い板敷の堂に集合した百を下らない数の宮廷人に、青藍は圧倒される。  広堂の中程に一張の琴が設置されていた。前方に昨日の審査員が並び、残りの三方を多数の楽師に囲まれている。  琴の前に端座した青藍は、前日と同様に忍ばせた組紐に帯の上から手を当てた。 『妙なる音色に魅かれ、こうして姿を現してしまった』 『お前はきっと名のある楽師になる』  月夜の庭園で胸を打った言葉が鮮明に蘇る。緊張で冷えた手先が熱を帯びた。  調弦が済み次第、演奏を始めるよう指示があった。  準備を終えた青藍は、目を閉じて呼吸を整えながら客舎の庭園を思い描く。冷たく澄んだ空気、煌々と輝く月の下で妍を競う早春の花々、えも言われぬ薫香……  徐に目を開くと、青藍は厳かに奏琴を開始した。  焦りや緊張からでなく、集中の為に周囲が見えなくなった。自己と琴のみが存在する世界に没入して指の動くに任せる。  民草の前に神が降り立ったという千古の伝奇を元に作られた曲、天来。青藍の指は正に神懸った動きで梧桐(あおぎり)の上を舞った。  長曲を弾き終え顔を上げる。目が合った羽偉が僅かに口角を上げるのが見えた。口元が緩みそうになるのを堪え、青藍は深々と頭を下げる。  全て終わったつもりでいた青藍は、最後に即興曲を披露するよう言われ虚をつかれたものの、陳腐な楽想ながら楽師生活への希望を奏で、まずまずの反応を得た。  二日間にわたり実施された入団考試が終了する。結果は明日正午、大楽署にて告げるので参じるよう命じられた。  退場を指示された青藍は、陶に付き従って会場を後にする。向かった先は筆記試験を受けた小部屋で、竹製の長い物差しを持った男が待機していた。及第であれば服を仕立てる必要があるので、採寸をすると言う。  人前で肌を曝すのに抵抗がある青藍は、全て脱いだ方が良いかと恐る恐る尋ねた。採寸係の傍らで陶が渋面を作る。またしても不興を買ってしまったと青藍は首を竦めた。 「中衣以下は着たままでも構わないでしょう」  陶の発言に男が頷くのを見て、青藍は課題曲を弾き終えた時よりも安堵する。これ以上、陶に不快な思いをさせぬよう、急いで羽織を脱ぎ始めた。  翌日、青藍は初日に考試を受けた大楽署二階の一室で、正午の鐘を聞いた。 「これより、楽舞司雅楽団臨時入団考試の結果を発表する」  ほんの僅か置かれた間が、異様な程に長く感じられる。考試内容に手ごたえを感じていた青藍であったが、一生を左右する知らせを前に否が応でも緊張が高まった。 「……厳正なる審査の結果、受験者燕青藍は口頭、筆記、実技審査のいずれも及第点であった。依って、本日付で同氏を雅楽団弦楽器班楽師見習として採用する。なお、本来の入団資格である二十歳を迎えた年に、見習の肩書は消失するものとする。但し、不適任と判断されれば何時であっても除団を免れないので、日々研鑽を積むように」  固唾を吞んでいた青藍の顔が一気に輝いた。額が床に届くほど深く座礼する。 「精一杯、精進いたします……!」
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

180人が本棚に入れています
本棚に追加