くだらない幻想

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 運命の人。くだらない。そんなものただの幻想だと思う。そんなくだらないものを信じて、恋愛に走って、仕事をさぼって、堅実な生活をしない人。そういう人が嫌いだ。私の妹もそうだ。運命の人と出会ったとほざいて、くだらない恋愛に振り回されて、傷付いて、仕事を辞めて、実家に引きこもって。本当にくだらない。なんであんな子になってしまったんだろう。ムカつく。あの子と違って、私はしっかり働いて、お金を稼いで、一人暮らしをしているのに。  くだらないものを信じて、恋愛に走って、仕事をさぼって、堅実な生活をしない人、そんな人を甘やかす人。そういう人が嫌いだ。私の両親もそうだ。幻想に踊らされて、御伽噺のような恋に溺れて、傷付いて、仕事を辞めて、実家に引きこもった、そんな妹を甘やかして。本当にくだらない。ムカつく。なんであんな人たちになってしまったんだろう。あの子と違って、私はしっかり働いて、お金を稼いで、一人暮らしをして、両親に頼っていないのに。  昔からずっとそうだ。私の妹はいつも、恋愛とか遊びとかそういうくだらないものに振り回されて、勉強とか習い事とかそういう大切なことをさぼって。自分が悪いのに他人のせいにして、責任逃れをして。昔からずっとそうだ。私の両親はいつも、くだらないものに振り回されて、傷付いて泣き喚く、そんな妹を甘やかして。明らかに妹が悪いときでも、妹を庇って。そんな家族が嫌いだ。お姉ちゃんそれ譲ってよ、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。お姉ちゃんが意地悪する、お姉ちゃんなんだから優しくしてあげなさい。そんな言葉が嫌いだ。  もう何年も実家には帰っていない。連絡も取っていない。仕事も順調で、事務所から独立したばかりだ。勤めていた職場は所謂ブラック企業だったので、独立して新しい事務所を設立した。仲の良かった同僚たちも付いて来てくれて、所長として毎日楽しくも忙しい日々を送っている。そんな生活を我ながらを誇りに思う。妹とは違って、両親とも違って。私は一人でも生きていけるのだから。 「所長、今日の依頼は3件です。1件目は刑事事件、2件目は離婚調停、3件目は結婚詐欺です。」 今日の依頼は少なめね、と返事をして、采配を考える。うちの事務所の弁護士は皆優秀で、それぞれ得意分野がある。 「刑事事件はいつも通り田中さん、2件目は小林さん、3件目は佐藤くんでどうかしら。」 「すみません、所長。お伝えし忘れていたのですが、3件目の方が所長をご指名で。」 「あら、珍しいわね。その方のお名前は?」  なんで。どうして。依頼人を前に、怒りで震えた。 「どうして、ここに来たの。」 大嫌いな妹と両親。どうしてここに来たのか。どうしてここを知っているのか。私の職場を。私の法律事務所を。 「ごめんね、急に来て。お姉ちゃんに相談したいことがあって。」 何度も聞いてきた母親の猫撫で声。秘書が部屋を出て行った。気を遣ってくれたのだろう。 「何。なんで私のところに来たの。他にも弁護士はいるでしょう。」 妹も両親も、黙って俯いた。 「しかも結婚詐欺?」 妹が泣き出す。あぁ、この子はすぐ泣くんだった。 「あのね、その、この子、結婚詐欺にあっちゃったの。可哀想でしょう?だからお姉ちゃんに助けてもらおうと思って。えっと、待ってね、話すことをまとめてきたメモを出すから…」 早口で捲し立てる母親を制し、泣いている妹を横目で見る。 「詐欺に引っかかったのはあなたなんでしょう?それならあなたが説明するべきじゃない?泣いてないで何か言いなさいよ。」 ムカつく。詐欺なんかに引っ掛かる自分が悪いのに、泣き喚いて。 「お姉ちゃん、やめてあげて。この子は騙されて傷付いてるのよ。家族に責められるなんて、可哀想よ。」 ムカつく。詐欺なんかに引っ掛かるこいつが悪いのに、甘やかして。 「それで?いくら出せるの?」 予算がわからないことには、何も始まらない。まずはそこをはっきりして貰わないと。苛立つ気持ちを抑えて、冷静に。これは仕事で、この人たちは依頼人なのだから。 「いくらって…?可愛い妹のためなのにお金を払わせるの?酷いお姉ちゃんね!」 開いた口が塞がらないとはこんな時に使う言葉なのだろう。この人は何を言っているのだろうか。突然怒り出した母親を冷めた目で見つめる。 「当たり前でしょ?仕事だもの。」 冷静に、淡々と。 「そんな…お金なんてないわよ!破産寸前なのよ!どこの馬の骨かもわからないような男がこの子を騙して、貢がせたせいで!」 妹の泣き声がより一層大きくなった。この人はどこまで妹を甘やかすのだろう。ずっと黙っている父親もどうかと思う。 「とりあえず、お金が出せないなら、引き受けられない。帰って。」 青ざめる両親。衝撃で泣き止む妹。もしかしたらまた嘘泣きだったのかも。この子はいつも嘘泣きをして、両親を味方につけて、私を悪者にしていたっけ。 「でも、お姉ちゃん…お願い…!」 「お姉ちゃん、助けてくれないの?」 「それは困る!お願いだ、助けてくれ!」 慌てふためく3人。身内だろうが、タダで引き受けたりはしない。私はこの仕事に誇りを持っているから。 「私も仕事だから。お金が用意できないなら、助けられない。だから帰って。」 膝から崩れ落ち、啜り泣く母親。拳を握り、わなわなと震える父親。大袈裟に泣き喚く妹。とても気味がいい。心の中でほくそ笑む。 「じゃあ私、もう行くね。他の仕事があるから。」 絶望に浸る3人には目もくれず、部屋を出る。ドアのそばで待っていた秘書に後を頼んで、事務所を出た。  少し歩いて、事務所から離れた道端で鞄から携帯電話を取り出す。通話履歴を開いて、1番上にある電話番号に電話をかける。1、2、3。3コールで電話が繋がった。 「もしもし?この前頼んだ件だけど。そうそう、私の妹の。とても上手くいったわ。相変わらず女を誑かすのが得意なのね。運命の人?私たち、運命の二人ね、って?あの子、またそんなことを言っていたの。懲りない子ね。運命の人なんて、いるわけないじゃない。協力してくれてありがとう。報酬は振り込んでおいたから。もしまた機会があったらよろしくね。うん、じゃあまた。」  運命の人。本当にくだらない。運命の二人。そんなものただの幻想に過ぎないのに。
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