婚活、そして出会い

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「……ちゃんとしたお付き合いをしたのは、彼が初めてでした」  私は彼にファーストキスも処女も、初めてをすべて捧げてきた。  そして彼以外の経験もなかった。  30歳で交際人数一人、9年も付き合い婚約までしたのに、終わったあとに残ったのは傷ついた心だけだった。  9年という長い年月を無駄にした私の喪失感と悔しさは計り知れない。 楽しかった思い出も何もかも、今じゃ無駄な時間だったとしか思えないのだ。 「そうでしたか。現在、30歳ということは婚約破棄をされてからまだ一年も経たないでしょう?」 「ええ。やっと10ヶ月経ちました……」 「そう。苦しかったわよね。まだまだお辛いとは思いますが、差し支えなければ婚約破棄に至った理由を聞かせてもらえるかしら?」  その聞き方に、話さないという選択肢は与えられていないように感じた。  私は深呼吸をして、心を落ち着かせる。  ありのまま話すと決めたじゃないか。  私は自らを奮い立たせ、話を続けた。 「彼とは、職場の同僚の紹介で出会いました。私より5つ年上です。付き合って5年くらいから、何度か結婚の話をしていました。そのたびに彼の仕事の都合で待ってほしいと先延ばしにされ、最後は……」 「5年っていうと立花さんは25歳ね」 「はい。ちょうど同級生の友達が結婚し始めた時期だったので、私もって……」 「彼はどんな仕事をしていたの?」 「高校の先生です」 「まあ、教員だったの」 「はい。結婚の話になると、彼はいつもいま担任を受け持つ子たちが卒業するまでは待ってほしいって言うんです。25歳のときも、そのあとも……」 「立花さんが25歳のとき、お相手は30歳ね。彼は初めて担任を持ったのかしら?」 「いえ、彼は26歳の時から担任を持ってます。なので、その理由で断られるのは納得がいかなかったんですよ。初めての担任ならまだしも……。だから彼に『担任を受け持つのは初めてではないでしょう?』と食い下がりました」 「彼はなんて?」 「今の学校では初めてだから、と言われました……」  プッ。  私は当時を思い出し、堪え切れず吹き出してしまった。  口元をおさえながら、話を続ける。 「……そして28歳の時に、彼が受け持った子たちが卒業したあとに、再度結婚の話をしました。そしたらまた4月から一年生の担任になったから、結婚はまだって……。笑っちゃいますよね」  アハハハ。  私は笑い声を上げてしまった。  その声が空しく響いたかと思うと、一気に落ち込んだ。  なんて私はバカなんだろう。  どうしてバカみたいに待ち続けたんだろう?  大きなため息をついてから、両手で顔を覆った。 「バカですよね、私……。そうやってはぐらかされ続けて、待ち続けて、最後にはあっさり捨てられるんですから……」  私は下唇を噛んだ。  悔やんでも、何をしても、過ぎていった時間は戻らない。 「もう待てないって、28歳のときに私から別れを切り出しました。そしたら彼、なんて言ったと思います? 来年結婚しようって言ってきたんですよ」 「それで……?」 「すぐに正式に婚約して。29歳になって、両家顔合わせの日取りを決めようとした矢先に、彼の浮気が発覚したんです……」  和田が驚いているのが雰囲気でわかった。  私は和田と目が合わないように、また遠くを見つめながら話を続けた。 「浮気相手は、彼の元教え子でした。その子が妊娠していて……。相手の両親が激怒して、責任をとって結婚しないと学校に訴えるって。彼は私に、相手の両親に脅されたと泣きついてきました……」  和田は我慢ならず、口を挟んだ。 「それは……違うんじゃないかしら?」  私は遠くを見つめたまま頷いた。 「ええ。私もそう思いました。でも……、結局私との婚約を破棄して、彼は元教え子と結婚しました」  和田がため息をつき、 「あなたのご両親もさぞかし残念だったでしょう……」  と、気遣った。  両親と聞いて、私はまた別の悔しさが蘇る。  そして自らを嘲笑った。 「私の両親は25歳で結婚を断られた時から、あんな男はやめておけ、別れろってずっと言い続けてきましたから。元教え子と浮気して妊娠させて婚約破棄になったと話したら、お前も悪いって責められて……」  当時の両親の顔を思い出して、涙が溢れてきた。  私は咄嗟に手で拭ったものの、次から次へと涙が溢れてくる。 「……いいのよ。泣いて」  静かに、そして諭すように和田が言うと、私は声を上げて泣いた。
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