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「ごめん。それ間違い」
「……え?」
「言ったじゃん。お前のネット小説を『偶然見つけて読んだ』って。小説嫌いな奴が、わざわざそんなことすると思うか?」
千聖は言葉の意味を咀嚼するように「間違い」と繰り返した後、ゆっくりとその場にへたり込み、固く重い空気の塊を吐き出した。
そして、俺はてっきり怒ると思っていたが、彼はただ「良かった」と呟いた。「俺はお前を裏切ってなかったんだな」と。
「ごめん。俺の不用意な発言のせいで、今までずっと苦しんでたんだな」
「いいよ……けど、隆将と怜に謝るの、お前も手伝えよ」
「あぁ。喜んでそうさせてもらうよ……そうだ! 今から隆将の家へ行こうぜ! 謝罪は早いに越したことないだろ」
長い間掛け違えたまま、しかも掛け違えていることにすら気付いていなかったボタンは、今ようやく正しい場所に収まった。憑き物の取れたような千聖の表情からして、きっとこれであの歪だった世界も元通りになるだろう。
「今からか。怖いな……」と呟く彼を見るにまた別の憂いは生まれてしまったようだけれど。
「事情話せば大丈夫だよ。……しかし、本当に怖かったな。さっきの隆将」
「な。まさか誰も見たことない奴のキレ顔がこんなキッカケで拝めるとは」
そう言って力なく苦笑した後「でも」と千聖は続ける。
「隆将があんなに怒ったのは、きっと奴にも奴の事情があったんだろうな。今の俺たちみたいにさ」
「だな。じゃあ今日は謝罪ついでに、俺たちが奴を救う勇者にでもなってみるか」
俺のジョークに千聖はようやくいつもの調子で笑った。
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