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いつもより一人少ない下校は地獄のような雰囲気で、夕日の赤が昨日の小説世界を思い出させて悍ましかった。
怜は電車通学なので駅前で別れ、千聖と二人きりになったタイミングで「お前さ、『———』ってネット小説投稿してるだろ?」と切り出す。
千聖の手から通学鞄が滑り落ちた。
「え、なんで……」
「読んだんだ。昨日偶然見つけて」
「は? ……で、でもペンネームなのに、なんで分かって?」
「それはまぁ、なんとなくだよ」
まさかバレるなんて思わなかったのだろう、千聖は俺の強引なはぐらかしにツッコむ余裕もない様子で、しばらく酸素が足りない金魚掬いの金魚みたいに口をパクパクした後、「すまん!」と謝った。
そう。謝ったのだ。この時俺はケイトたちの作者、つまり千聖を苦しめていたものの正体について確信に至った。
「その謝罪は、俺が昔『小説なんて大嫌い』って言ったからか?」
責めるつもりなど毛頭なかったのに、千聖は叱られた子供のように目を伏せ、小さくなった。
「……あぁ。謙介があんなに強い口調で、何かのことを嫌いだって言ったの、俺は初めて聞いた。きっとのっぴきならない事情があるんだと思った。
なのに俺は、お前が大嫌いな小説を自分の手で創り出して……やめなきゃって思うのに、好きだからやめられなくて」
「怜に小説読むのやめるようしつこく言ってたのも、俺のためだったんだよな?」
「二人とも、大切な友達だから。それが原因で仲違いなんかしてほしくなかったんだ」
まるで死刑宣告でも受けたかのような表情で項垂れる千聖を見ながら、俺は長年かけて膨らみ続けた勘違いに、そして間抜けな自分自身に、特大の溜息を吐きつけるしかなかった。
確かに「小説なんて大嫌い」と言ったことはある。あの、初めてダイブして死ぬほど怖い思いをした翌日だ。
当の本人はそんな言葉すっかり忘れ、ここ何年も小説を読んではダイブを繰り返すお気楽な日々を過ごしていたわけだが。
千聖を苦しめていたのは他でもない、俺だった。だからケイトたちは俺にしか救えないと言ったんだ。
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