願い事

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 翌日。私はいつも通り学校に来た。気分は相変わらず曇り空だ。昨日の彼が何を言おうとしていたのか。私には結局わからなかった。  ただ自殺を止められなかった。もちろん咎められるのは嫌だが、それはそれで不思議だ。  彼が言った言葉。死にたくない理由を作るか、死ぬ勇気を育むか。それが無理なら――。  ――死にたくなる理由を消すか。  なんだか考えるのさえ疲れてきた。  時計を見る。まだ授業は終わりそうにない。  私はいつも通り放課後に残っているように言われた。もちろんいじめるためだ。  私は私でいつも通りに放課後教室に残ってしまった。  早速私は羽交締めにされる。 「結弦ちゃ〜ん。これ。何かわかる?」  そういじめっ子のボスが取り出したのは牛乳パックだ。いかにも給食で出てきそうな、サイズとデザインだ。(しかしここは高校なので、給食などないのだが。) 「これを今からあなたに飲んでもらうのよ。」  周りにいる3人の女子たちが鼻を摘む。それを見てなんとなく察しがつく。恐らくこの牛乳は腐っているのだろう。それもそのはずだ。コイツらが普通の牛乳など飲ますわけがない。  私は昨日死に損なったことを今になって後悔している。彼があの時屋上に来なければ。私が彼を無視して飛んでいたら。私が死ぬのを恐れなければ。  ……今。苦しむことなんて無かったはずなのにな……。  口元に牛乳パックが近づいてくる。さっきまで距離があったため気づかなかったが、それはかなりの臭いを発していた。  これはもう飲むしかないのかな。そう思った時。急に彼が言った言葉がフラッシュバックした。  ――だったら、死にたくなる理由を消そう。  ――ただ人の手も借りようとして来なかったのも事実だろ?  ――明日もここにこよっかな。  ――そうか。わかった。彼の言いたかったことが! 『それ』に気づいた私は。羽交締めをしている後ろの人に蹴りを喰らわせた。鈍い感触が、少しだけ私の心を痛めるがそんなことを言っている場合ではない。私は一目散にかけだした。 「はぁ?アンタどう言うつもりぃ?」  後ろからボスの怒声が聞こえてくる。  私は階段を駆け上がった。彼は暗に言ってくれていたのだ。  いじめをなくせるよ。なぜなくせないかって?ただ助けを求めても来なかったからでもある。誰が助けてくれるって?  ――明日もここにこよっかな。  そこにいるんだね。 「ガチャ!」  勢いよく屋上に出ていった。久しぶりにこんなに走ったからすぐに息が上がる。 「石黒くん…」  彼は昨日私が飛ぼうとしていた位置に座って景色を眺めていた。彼は私の呼ぶ声に気付いたようだ。 「よう。昨日ぶり〜。」  彼は呑気に挨拶をする。 「ところで、何かお急ぎのようだけど。俺になんか用か?」  彼は微笑みながら言う。あとはもう。言うだけだ。 「あなたに。お願いがあるの」 「ガチャ!」   いじめっ子たちも追いついたようだ。 「おいお前!どこに逃げんだよ!」  汚い声が聞こえてくる。しかし私は振り返らず彼をまっすぐに見つめながら叫ぶ、 「助けて!」  いじめっ子たちが石黒くんの姿を認めたのは、私が叫んだのとほぼ同時だったと思う。 「は?石黒……。なんで……?」  彼女らの顔はみるみるうちに青ざめていく。 「お願いならばしょうがない。」  彼は歩き出す。 「お前ら。こんなところまで結弦を追っかけて何しにきたの?」  彼は戦闘心を隠すことなく、表面上だけ冷静を装っている。彼はいじめっ子たちと距離を詰めていく。 「牛乳?貸してみ。」 「いやっ。ちょっと!」  彼は牛乳をひったくる。すると彼が大きめな声で言う。 「へぇ。賞味期限切れの牛乳か。これを結弦に飲まそうとしてたんだ。」  そういった次の瞬間。彼は持っていた牛乳をいじめっ子らに投げつけた。 「ひぃっ……⁉」 「うわっ⁉」 「……サイアク!」  いじめっ子らはきれいに腐った牛乳まみれになった。息を吸うのも一苦労だろう。彼女らは「逃げよ!」とだけ言って逃げるように去っていった。 「もう二度と結弦に手ぇ出すなよ〜」  彼はそう言って、私の方に向き直った。  彼は本当に助けてくれたのだ。助けての一言で。 「……ありがとう」  私は先にこの沈黙を破った。 「どういたしまして」  彼は微笑んでいった。それから空高くにある雲を眺めながら言った。 「自殺を悪いこととは思わないから、自殺を止めようとはしなかった。だから助けを求められるまでは何もしなかった。」  自殺を悪いことと思わない。そんな人がいることは私には衝撃的だった。 「俺だって昔……」  彼はうつ向いてつぶやくその声は私の耳には届かなかった。  彼が私の目をまっすぐ見る。 「……けど結弦はもっと自分を大切にしな。」  私はその言葉を聞いて、心が洗われる。 「……うん」  本当に終わったのかは分からない。でもきっとこれがきっかけで少しはおとなしくなるだろう。もはや私の近くに石黒くんがいることで迂闊に近づく人もいなくなるのかもしれないが。  私は気がつけなかった。いや。気づこうともして来なかとのだ。こんなにも近くに私のことを助けてくれる人がいることを。  自殺を。やめてよかった。 「おいおいどうして泣いてるんだ。大丈夫か?」 「うん。もう、大丈夫だよ」 「そうか。そりゃよかった」  私には生きる理由はまだない。だけど、死ぬ勇気を身につけようとしなくっていいんだ。 「そういや、今日流星群が見えるらしいぜ。」  彼が急に言い出した。そういえばそんな話もあったか? 「へぇそうか……。あぁでもそんなニュース今朝やってたかも……」 「そうそうそれでさ。俺これからここで夜空でも見よっかなって思ってるけど。結弦も一緒に見るか?」  彼はこの世の幸せの教科書のような笑顔で私に問いかける。 「……うん。見る。」  私たちは笑い合った。  今日流れ星が見えたなら、なんてお願いをしよう。
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