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「………ほう。そんなことがあったんだな」
彼は間抜けな返事をした。そんな彼に一つの疑問が湧いた。
「って言うか、知ってたんじゃないの?」
いじめをされているのを知っていることと、今の反応が不釣り合いだったのだ。
「まぁ、だいたい知ってた。でも知らないこともあったな」
相変わらず間抜けだ。彼が続けて口にする。
「それで自殺をしようと思ったと」
「まあね。もう生きる気がなくなっちゃった」
「そっか」
私は自虐的に微笑む。彼は私の自殺について、肯定も否定もしない。それが少し驚きだった。
「生きる理由なんて、なかったんだね」
私が彼の顔を見ずにポツリと呟く。これが私が出した人生に対しての結論だった。
「それはそうかもな。」
やっぱり。彼は一呼吸おいて言った。
「多くの人が今も生きて理由って知ってるか?」
「……え?」
急になんなんだろう。私は少し面食らった。気づけば彼の顔から中途半端な笑みは消えていた。
「あんたの言う通り、生きてることに理由はない。はっきり言って死んでも全人類のほとんどの人に迷惑がかからない。まぁ、家族には多かれ少なかれ迷惑かけるだろうけど」
彼の言っていることのほとんどに同意できた。しかし、家族への迷惑については考えないようにして来た。それを軽々彼が口にしたため、心が疼いた。
「でも死ねって人に言ったも多くの人は死んでくれない。それも事実。どうしてだと思う?」
今の私からすれば不思議な話だ。私は答えられずに黙って首を傾げる。彼は顔の横で人差し指を立てた。
「答えは死ねない理由があるから。じゃねぇかな」
「え……」
私は目を丸くした。そのあっさり過ぎる回答に。難解な数式を一つの公式にまとめられるような。そんな感覚を覚えた。
「まぁ、よくよく考えればこんだけのことなんだよ。生きる動機がなくたって、死ぬ勇気もないってんなら、明日も面白くない日々を過ごさなくちゃいけないんだよ。まさに、死ねないから生きてる。」
主語は私ではないのに私のことを言っているように思った。なぜなら今の私のことを彼はここまで的確に表現したからだ。生きる動機はない。しかし私は死ぬことに怯えてしまった。死ねないのだ。怖くて。
「それじゃあ。私はどうしたらいいの?」
私は怒りや悲しみの感情を彼にぶつけた。こんなことをしても意味はないのに。しかしそんな彼は冷静に答える。暖かな笑みを浮かべて。
「死ねない理由を作って生きるか、死ぬ勇気を育むか。」
二択。私はどうしたら?どうすれば。
「そんなこと。どっちもできるわけないじゃん」
あぁ。そうだ。私にはどっちもできないんだ。
「生きる理由なんて作れない。かと言って死ぬ勇気も育むなんてできるわけもない」
絞り出した声からは、いろんな感情が入り混じっていた。
「だったら、死にたくなる理由を消そう」
彼は言った。それは三つ目の選択肢だった。
「いじめを消そうっての?それができないから今死にたいんだけど」
「そうだな。お前一人では無理なんだろうな。ただ人の手も借りようとしてこなかったのも事実だろ?」
私は親や先生の顔を思い浮かべる。しかし親には迷惑をかけたくないし、先生は個人的に信用できない。何せ原因がはっきりしないなら誰かに頼っても無駄ではないのか。
私が考えを巡らせていると彼は立ち上がった。
「明日もここにこよっかな。」
彼はそう言い残し、急に屋上から去っていった。私一人が取り残される。
「どうすれば……」
私は一人そう呟いた。彼が伝えたかったことを少しの間考える。空を見上げる。最近は日が短くなっていたので星が見え始めていた。今流れ星が見えたなら、なんてお願いをしようか。死なせてください?生きさせてください?
どれも私の本心じゃないような気がした。
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