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初夏。
国王グレファスは、かねてから予定していた南方の視察に来ていた。
表向きは、治水工事の進捗を確かめたり、港の整備をどの方向で進めたら良いかの確認であったりだ。
地方に行くとどうしても歓迎の宴会を開かれ、出席せざるを得なくなる。国王は、出来れば、夜は静かに(レオニスと)過ごしたかった。この為、歓待行事は控えて欲しいと予め書簡によって要望していた。
が・・・。
視察団に同行していた秘書官のレオニスは、深い溜息をついた。
せっかく、南方まで来たのに、それでも国王と二人になる時間が取れないなんて。酷い。酷すぎる。
昨夜も今夜も、国王は総督に招かれて、宴会に出席している。視察の間は、総督の公邸に泊まっているものだから、出席を断れない。
どんなに、視察に出発する日を待っていたか。あちらに着けば、誰にも邪魔されず、二人きりの時間を過ごせると夢見ていたのに・・。
レオニスは、悲しかった。余りの悲しさに、宴会を抜けて来た。国王が抜けるのは無理だろう。国王だから。
最初から、無理な話だったのだ。国王陛下と二人きりで過ごすなんて。なんて愚かだったんだ。
レオニスの目に、涙が滲んだ。胸が苦しい。苦しい・・。
酒が回ったせいか、レオニスは、本当に息が苦しくなった。薄暗い廊下で、壁に手をついて、胸を押さえて喘いでいると、
「大丈夫ですか」
後ろから声が掛かった。
男は、レオニスの背に大きな手を当ててさすった。
「吐きそうですか?」
レオニスは、涙目で男を見た。
同世代か、少し上位の歳に見えるその男は、長い黒髪を後ろに束ね、もみあげから顎にかけて濃い髭を生やしていた。彫りは深く目は涼し気で瞳は茶色だ。
レオニスはどきりとした。髭の濃い男性は苦手と思っていたが、こんなに艶っぽい・・もとい、こんなに威厳のある方がいるとは・・。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうですか?そんな風には見えませんが」
レオニスは、どう答えてよいやら分からず男を見た。弱っているせいか、男の真っ直ぐな眼差しが、するりとレオニスの心の中に入って来る。
「申し遅れました。私は総督補佐官を務めます、ギレウスと申します。国王陛下の秘書官のレオニス様ですよね。昼間、視察現場でお見掛けしました」
「あ・・。この度は、連日、歓待の宴を開いて頂き、感謝申し上げます」
「暑い中仕事をした後で、夜は遅くまで宴会じゃあ、体が休まりませんよね。陛下のご要望にお応えすることが出来ず、大変申し訳ありません」
「いいえ・・」
そうか・・。一応、検討はされたのだろうな。総督や地方の有力者からすれば、国王に近づく滅多とない機会を自ら手放すわけがない。仕方のない事か・・・。
「あの、良ければ私の部屋で少し休まれませんか?風が良く通るので、涼しいですよ」
「あ・・・」どうしよう。お酒のせいか、頭が、働かな・い・・・。
レオニスは、変な気分になって目を回し、気を失った。
微かに頬を撫でる風を感じて、レオニスは、ゆっくりと目を開けた。
頭が痛い。悪酔いしたのか・・。
燭台の灯りが揺らめく。よく見ると、知らない部屋だった。官服の上着は脱がされ、シャツのボタンが胸まで外されている。そして、ベッドの上に寝かされていた。
どうして、こんな所にいるのだったか。何が、どうして・・・。
ふと、ギレウスの姿が頭に浮かんだ。そうだ、あの方と一緒にいる時に、気を失って・・・。
ろうそくの匂いなのか、香でも焚いているのか、花の香りがした。酒酔いしているレオニスには、少しきつかった。
動悸が少しも収まらない。苦しい。
「レオニス様」
少し遠くから、ギレウスの声がした。
気配が、ベットの傍まで来ると、甘い低音の声がレオニスの耳元で囁いた。
「水を飲ませて差し上げます」
朦朧とした意識の中で、レオニスの頭が持ち上げられる。
「口をお開け下さい」
レオニスは、言われるがままに小さく口を開けた。
ぼうっとした視界にギレウスの顔が近づく・・。
レオニスの唇にギレウスの唇が重なり、押し付けられた。
「っ?!」
レオニスは、驚いて離れようとするが、ギレウスの手が、しっかりと頭を掴んでいて離さない。
ギレウスの含んでいた水がレオニスの口の中に流し込まれた。息苦しさのあまり、レオニスは、それを飲み込んだ。
ギレウスは、レオニスの頭をそっと降ろした。
「気分はどうですか」
ギレウスが囁いた。何を言っているの・・。いいわけない・・。
「私が、いい気分にして差し上げます」
ギレウスはそう言って、レオニスの上に乗って来た。
レオニスは、目を見開いた。彼は上半身裸だった。逞しい胸に、程よく胸毛が生えている。恐ろしいほどの色気・・・。
「やめて・・」
レオニスは、喘いだ。体に力が入らない。
「俺を求めてたろ?」
ギレウスは低い声で言って、ゆっくりと上半身を沈めていく。長い髪がはらりと垂れる。薄い目をして、レオニスの唇に近づき、自分の唇をばくりと食い込ませた。
「・・っ・・!」
力強く長い舌が、レオニスの歯の間を割って入り、暴れ絡まる。
「んっ」
いやっ。やめてっ。
レオニスは、ギレウスの強引さと舌遣いに、溺れそうだった。駄目っ、こんな・・っ、いやっ!
押しのけようとするも、ギレウスの力の方が強く、その大きな両手で、レオニスの両手首をしっかりと掴んでマットに押し付けている。
ギレウスは、髪を振り乱し、口から顎へ、胸へと、獣の様に激しく舌を動かし、レオニスを愛撫した。
「っ・・ぁっは」
火照った体に当たる髪と髭の感触は、レオニスの想像を超え心地良く。
ギレウスの大きく固い下半身が、ぐいぐいとレオニスに押し付けられる。
「ぅあっ」
レオニスは、呑まれそうになるのを必死に耐える。
「いやっ!」
ギレウスの唇が、レオニスの乳首を咥える。
「いや・・っぁ!」
レオニスは、脚をばたつかせるが、ビクリともしない。
乳首を甘噛みされ、舌で激しく舐め回される。
「ぁやっ・・あ!っ」
レオニスの理性は、もう、崩壊寸前だった。
へいか・・っ
コンコン。
ギレウスは、ピクリと動きを止めた。
「グレファスです」
扉の向こうから、国王の落ち着いた声が聞こえた。
「へ」ギレウスは、速やかにレオニスの口を手で塞ぐ。
「んんっ!」
「しぃー‥。お静かに」
ギレウスは、品良く囁いて、扉の方に顔を向ける。
「こんな時間に、どのような御用でしょうか」
「私の、秘書官が世話になっている様ですが・・」
レオニスは、目を見開いた。ああ、出来れば知られたくなかった・・。
「ええ。体調を崩されていたので、私の部屋で介抱して差し上げました。今は眠っておられます。どうか、このままお引き取りを」
「そうしたいところですが、急な仕事になりまして、秘書官が必要です」
「こんな時間に?どのような仕事です」
「これ以上は、極秘です」
極秘と言われて、ギレウスは逡巡した。
ガチャリ。
その隙を突くように扉が開かれ、国王が入って来た。
「失礼ですよ!」
ギレウスは吠えたが、国王は平然と中へ入った。リビングの向こうに壁際のベッドを見つける。
上半身裸のギレウスの下に自分の秘書官がいた。
レオニスは、国王を見て顔を歪めた。ああっ。こんな所を見られるなんて・・っ。酷い・・。
国王は、無感情な顔でベットに近づき、二人を見下ろした。
ギレウスは、にやりとした。レオニスは国王の妻でも何でもない。官吏同士がいちゃついていようが、手打ちにされる謂れはない。そう分かっていた。
「邪魔すんなよ」
「邪魔はお前だ。これ以上は政務の妨害に当たるぞ」
低い、迫力のある国王の声に、ギレウスは顔を引き攣らせ、黙り込んだ。
「来い」
国王は、レオニスの腕を持って、体を起こさせると、近くのソファに掛けてあった上着を取り、レオニスに放り投げた。
レオニスは受け取り、その場で羽織った。半泣きになりながら、ベッドから降りる。
国王は、ギレウスを見、
「失礼した」
そう言って、レオニスを待たずにさっさと部屋を出て行く。
レオニスは、急いで服を整えると国王を追いかけた。
後には、敗北したギレウスが残された。
グレファスは、自分の部屋へ向かう間、一言も口を利かなかった。レオニスは、国王に嫌われたという不安しかなく、涙を堪えて後を歩いた。
やがて部屋の前まで来ると、グレファスは、先にレオニスを部屋の中に入れ、警護官に言う。
「よいか。これから二人で集中して仕事をしたい。誰も中に入れるな。近づかせるな。よいな」
「はっ」
警護官は応えて、部屋の外で警備に立った。
国王は扉を閉めた。
入ってすぐの所で、レオニスが不安げに国王を待っていた。
「申し訳ありません。申し」
言い終わらない内に、国王の口が、レオニスの口を塞いだ。
「んっ・・」
二人は、貪るように熱い口づけを交わした。
やっと、目を合わせた。
「陛下・・」
涙目のレオニスを国王が抱きしめた。
「すまなかった。お前を一人にしたのがいけなかったのだ」
レオニスの目から、涙が零れた。
グレファスは、ゆっくりと腕をほどくと、レオニスを見て、彼の涙を親指で拭った。
「おいで」
レオニスの手を取って、部屋の奥へ導く。
続き部屋を抜けると、屋根のない場所に出た。
天上は、目が眩むほどの満点の星。
周りは庭木が植えられている為、外からは見えない。
足元は、踏み心地の良い黒い石の床、中央には、大理石で出来た四角い池の様なものがあった。水面に星が映っている。
レオニスは目を輝かせた。
「素敵な所ですね」
「露天風呂だよ」
「え」
グレファスは、レオニスに口づけをした。彼の舌に、レオニスの舌が柔く絡まって来る。
二人はゆっくりと濡れた唇を離し、見つめ合った。
「好きなだけ、だったな」
グレファスが、優しく微笑んだ。
「陛下・・」
レオニスは、目を潤ませた。
グレファスが、レオニスの服を脱がせ、レオニスが国王の服を脱がせた。
水を浴びた体は、程よく火照った体を冷ましたが、見つめ合い、口づけを交わすだけで、また熱くなった。国王の荒い息遣いが、レオニスの喘ぎ声が、互いを夢中にさせる。
誰に阻まれること無く、二人は、水の中で、或いは外で、好きなだけ愛撫し、いたわり、咥え、悦楽に落ちた。
白々と夜が明けると、二人はぼんやりと目を覚まし、余韻に浸るようにゆるゆると溺れた。視察に出発するぎりぎりまで舐め合った。
日程が終了し、王都に向けて発つ時となった。
夢の様な時間は、あっけなく終わってしまった。
総督と、その側近たちと挨拶を交わす。補佐官のギレウスは、何事も無かったように振舞っていた。こちらも、騒ぎにするつもりは無い。
馬車に乗り込む国王と、レオニスは、一瞬だけ視線を交わした。
レオニスは、その一瞬があるだけでもいいと思った。
馬車は、ゆっくりと走り出した・・・。
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