【第15~18話】 ─side 朋之─

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 【第15~18話】 ─side 朋之─

※朋之が離婚を決意したとき。  嫁にお金を勝手に使われて、もうダメだ、と思ったとき気付けば裕人に連絡していた。ギターのアクセサリーを買う予定があったので、無意識に電車にも乗って都会を目指していた。  裕人に送ったLINEが既読になって、すぐに電話がきた。俺は意味不明なことを送っていたようで──、とりあえず大丈夫だと話し、裕人は偶然近くにいたので会うことになった。事情があって、美咲も一緒だった。  カフェに入り、状況を説明した。離婚する、と言うと驚かれたが、俺の決意は変わらなかった。二人とも力になると言ってくれて、少し心が軽くなった。  楽器屋にはまだ行っていなかったので、裕人が同行してくれることになった。俺は一人で大丈夫だったが、裕人なりの優しさだったのだろう。 「じゃあな紀伊、気つけて帰れよ」 「また明日な」  駅の改札で美咲を見送って、楽器屋へ行った。ギターのピックがどうしても欲しかったので好みのものを探し、あとは弦も買った。ストラップも新しいのが欲しかったが、良いものがなかったのでやめた。 「トモ君がギター弾くん知らんかったな」 「高校入ってからやからな。中学ときは授業もなかったし……触ったことはあってんで」  それでも当時はバスケ部だったので、放課後はだいたい運動していた。音楽といえば授業だけで、俺にそんなイメージはなかっただろう。  裕人と飲みに行くことになって、俺は改めて離婚の話をした。これからどうしようか、と話しているうちに酔いが回ってしまい、弱音ばかり吐いていたらしい。 「俺もう、無理や……女なんか……」 「たまたまやって。社長の娘やし、お金あったんか知らんけど感覚おかしかったんやろ? そんな人ばっかりちゃうで」 「そうかなぁ……あいつは……普通なんかな……」 「あいつ? ──紀伊か? やめとけ、手出したらあかんで」 「ははは……わかってるって……あーあ……」  その辺りから記憶が飛んでいる。翌朝、目覚めると裕人の家にいて、裕人の妻が朝食を用意してくれていた。謝罪と礼を何度もして、俺は自宅へ帰った。  自宅に着いてからのことは、美咲に話した通りだ。  二日酔いで辛いところに口論になって、頭が回らなかった。午前中には落ち着いたので、軽く腹ごしらえをしてから早めに練習に行った。  しかしいつもの元気を出す力はなく、何も出来なかった。椅子から立ち上がろうとして、倒れてしまった。  井庭が美咲に俺の介抱を頼んだのは、美咲が同級生で事情を知っていたからだろうか。  美咲は枕を用意してくれて、それから栄養ドリンクを買ってきてくれた。特にお願いはしていなかったが、とてもありがたかった。俺が目を閉じている間に戻ってきたようで、メッセージをつけて荷物の近くに置いてくれていた。  そんな美咲が可愛く見えて、いつまでも〝さん〟をつけて呼ぶのは嫌だなと思った。だからといって〝ちゃん〟をつけるのも違う気がした。 「じゃあ──きぃ」 「ん? そのまま?」 「いや……小さい〝ぃ〟」  裕人は旧姓で呼んでいるが、それとは若干違う。発音の違いを説明するが、美咲は『一緒に聞こえる』と笑う。 「〝い〟ちゃうねん、〝ぃ〟やで」 「ははは、なんじゃそりゃ。好きに呼んで」  美咲は何も言わなかったが、あだ名を付けたことは嬉しかったらしい。あだ名ではあるが旧姓に近いので俺も呼びやすく、裕人も違いに気付いていなかった。  それから一週間後の土曜日には、俺はほぼ元通りに回復していた。美咲にスタジオでの練習に同行をお願いし、ピアノを弾いてもらった。相変わらず美咲はピアノにかじりついているらしく、会う度に上達していた。Harmonieに誘って本当に良かったと思う。  秋のコンサートにえいこんが出ると言うと、不安そうな顔をしていた。コンクールではないので審査されるわけではないが、元いた団体で篠山に恩があるのもあっていろいろ複雑らしい。 「俺は──きぃは仲間やって信じてるで」  本当は、もっと別の言葉で言いたかった。確かに仲間ではあるが、もっと親密な言葉を言いたかった。しかし美咲には旦那がいるので、迷った末にやめた。  ただそれは、Harmonieにとっては正解だったらしい。  俺の言葉が美咲の何かを変えたようで、翌日の練習ではまた更に上手くなっていた。帰ってから練習はしていないと言っていたが、確実に音がクリアになっていた。 「今日みんなすごいな? 家で猛練習した?」 「してない……うるさいって怒られる」  井庭はメンバーに聞いていたが、家で大声を出せるはずはない。仕事や学校の時間があるので、夜に外で歌うのも迷惑だ。 「小山さんもいつもより安定感あったで」  井庭が言うと、椅子に後ろ向きに座っていた美咲はメンバーに注目されて照れていた。はっきりとは聞こえなかったが、美咲は顔の前で手を振って『そんなことない』と言っていた。  それでも美咲のピアノが上手くなり、メンバーが安心して歌っていたのは事実だ。肝心なのは歌うほうだが、ピアノの仕上がりにも大きく左右される。美咲に何か伝えたかったが井庭が話し続けているので、俺は美咲にだけ見えるように親指を立てた。美咲は気付いてくれたようで、口角が上がっていた。  引っ越しの日に美咲が話した塾でのことは、直後に思い出した。なんとなく気まずくなって作業を止めて、コーヒーを入れにいった。 「なんか、トモ君と紀伊、楽しそうやよな」 「……そうか? いろいろ大変やけどな」  裕人が言うことは、いつも正解だ。俺は確かに週末を楽しみにしていたし、離婚してからは自由になったので美咲との接触を増やした──もちろん、常識の範囲内でだ。美咲も好きなことが出来て楽しそうだったし、俺とも友人のように接してくれていた。  しかしまだ俺も裕人も、美咲は俺のことが好きだった、という言葉を本人から聞いていない。美咲は旦那との関係は良好らしいので、壊すようなことはしたくなかった。
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