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城壁の皇帝
そこは今から数十年前の香港――世間からは闇といわれていた九龍地区の一画でのことだ。
「待てコラ! こんのクソガキがぁー! 今日こそはとっ捕まえてやる!」
「チッ! 逃げ足の速い小僧だ……。てめえらはそっちから回り込め! ぜってえ逃すな!」
大の男が五、六人で大騒ぎをしながら追い掛けているのは、まだ十歳になるかならないかという年頃の一人の少年だった。
「見つけた! こっちだ!」
「この先は袋小路だ! バカめ、逃げられると思うな!」
ドヤドヤと必死の形相で男たちが少年の襟首に掴み掛からんとした時だった。出会い頭に誰かと思い切り肩をぶつけてしまい、男らの先頭を走っていた者が勢いよく転んだ。袋小路に追い詰められた少年はゼィゼィと肩を鳴らしながら蒼白顔でいる。
「ンだ、てめえ! どう落とし前つけてくれる!」
転げた男が立ち上がりざまにそうほざいた時だ。ぶつかった相手の顔を見た瞬間に、蒼を通り越して顔色を瞬時に白へと変えた。
「あ、あなたは……」
続々と追いついてきた男たちも同様に真っ青になっては即座に膝を折って床へと屈む。
「こ……皇帝周焔……!」
「も、申し訳ありませんッ! たいへんなご無礼を……」
誰もが頭を床へと擦り付けるようにして縮み上がっている。そんな様を冷ややかな視線でジロリと見遣りながら、皇帝と呼ばれた男は静かに口を開いた。
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