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紫月が姿を消したのは今からひと月以上前のことだ。
「俺が最後に紫月と会ったのは、ヤツが行方不明になる二日前だった。夕飯をウチで食ってからヤツの家の道場まで送っていったんだ」
その次の日は遼二も朝から仕事に出掛けていて、帰って来たのは夜半過ぎだったという。翌日の昼頃になって紫月が戻らないと、父親の飛燕から連絡が入り、そこで初めて事態を知ったらしい。
「ということは、一之宮が誘拐されたのは日本国内の可能性が高いな。おそらくは家の近所だろう。だがヤツは上海で行商人の男と暮らしていたと言っている。――とすれば拉致されてから何らかの事情で記憶を奪われ、その行商人によって全く別の記憶を刷り込まれたということになる」
「まずはその行商人というのを捜す必要があるが、いかんせん俺とお前だけでは手が足りん。日本の親父にも連絡して、ここひと月の間の出入国を洗い出してもらおうと思う」
遼二はその行商人の顔などが分かれば有り難いと言って、紫月が遊郭街に連れて来られた際に行商人を見た者がいないかどうか焔に調べてもらうことにした。
「そちらの方は任せろ。遊郭街の頭取は行商人の男から直接一之宮を譲り受けているはずだ。ツラくらい覚えているだろう」
早速今から聞きに行こうと言ってくれた。
「すまねえな。世話を掛ける。俺の方はその間に日本へ連絡を入れておく。紫月の親父さんも心配しているだろうからな」
今はとにかく紫月本人が見つかっただけでも御の字だ。彼がどのような経緯で記憶を失くし、ここへ連れてこられたのかという調査が本格的に始まろうとしていた。
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