ルナと紫月

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 その日、夜遅くになって(イェン)が遊郭街から戻って来た。無事頭取に話を聞けたようで、行商人という男についても詳しいことが明らかとなってきたようだ。 「カネ! なかなかに収穫があったぞ!」 「周焔(ジォウ イェン)! すまねえ、世話を掛ける」 「それよりルナという男はどうしてる」 「飲み物に少し睡眠安定剤を仕込んで先に休ませた。朝までは起きてこんだろう」 「そうか。では安心だな」  (イェン)が頭取から聞いた話によると、ルナを連れて来た行商人というのはこれまでにも度々遊女や男娼となる若い男女を斡旋してきたことがあるとのことだった。 「行商人というのは表向きの肩書きで、実際は――いわゆる女衒(ぜげん)のようだ。かなり手広くやっている専門のプロらしい。ここ香港ばかりでなく、中国や台湾、日本などアジア各国で売り買いをしているとのことだった」  しかも多国籍語を操り、相当に頭の切れる男らしい。 「ふむ、なるほど――」  女衒(ぜげん)とは江戸時代の吉原遊廓などに遊女を斡旋していた仲買人のことである。とすれば、たまたま見目の良い紫月に目をつけて拐い、記憶を奪う為の薬物などを仕込んだと推測される。 「ってことは、相当大きな組織ぐるみというわけか?」  遼二が訊くと、(イェン)はところがそうでもないらしいと言って眉根を寄せてみせた。
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